
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第3章 《囚われた蝶》
源太夫の物言いには、一人娘への情愛が滲み出ていた。
泰雅はクスリと笑った。
―それで、“槇野のお転婆姫”でござりまするか?
―さよう、親として面目もないことでござるよ。
源太夫もつられたように笑った。
そこで、泰雅は手をついた。槇野源太夫ほどの男に、所詮自分などのような若輩者が敵うはずもない。ここは素直に己れの胸の内を吐露した方が賢明と判断したのである。
―本日、泉水どのがこちらに帰ってきたことについては、先刻も申し上げたごとく、すべては私の責任にござります。どうか何もお訊きにならず、泉水どのをお返し願いたい。
そんな泰雅に、源太夫は笑顔を返した。
―どうかお手をお上げ下され。若い者同士の諍いに口を出すほど、この父は無粋でも愚かでもないつもりじゃ。何があったかは判らぬが、こうやって婿どのが直々に迎えにお越し下されたのだ。私としては、いつでも娘を連れ帰って頂いて構いませぬぞ。
―お言葉、痛み入ります。私についてはとかく様々な噂がお耳に入っておることかと拝察仕りますれど、これよりはこの榊原泰雅、姫一人を守り通して終生大切に致す所存でおります。大切なご息女を必ず幸せに致しまする。
泰雅は、この時、自らに固く誓ったのだ。
いや、泰雅自身が心の奥底から泉水一人だけを欲していた。泉水以外の女なぞ、もう要らぬ、と。
―そこまで仰せ頂くとは、娘はつくづく幸せな奴ですな。至らぬ娘なれど、幾久しうお願い申し上げる。
源太夫もまた丁寧に頭を下げたのだった。
源太夫の許を辞した直後、泰雅は額に汗を滲ませていおり、そのことに改めて気付いた有様であった。どうやら、我を忘れるほどに緊張しきっていたらしい。歳の割に怜悧と囁かれるこの若者も、勘定奉行にして舅の前ではまるで子どもに戻ったようだ。
泰雅は源太夫との対面を終え、その脚で泉水の部屋を訪ねたのだ。
だが、泉水はそんな良人と父のやりとりなぞ知るはずもない。
泰雅はクスリと笑った。
―それで、“槇野のお転婆姫”でござりまするか?
―さよう、親として面目もないことでござるよ。
源太夫もつられたように笑った。
そこで、泰雅は手をついた。槇野源太夫ほどの男に、所詮自分などのような若輩者が敵うはずもない。ここは素直に己れの胸の内を吐露した方が賢明と判断したのである。
―本日、泉水どのがこちらに帰ってきたことについては、先刻も申し上げたごとく、すべては私の責任にござります。どうか何もお訊きにならず、泉水どのをお返し願いたい。
そんな泰雅に、源太夫は笑顔を返した。
―どうかお手をお上げ下され。若い者同士の諍いに口を出すほど、この父は無粋でも愚かでもないつもりじゃ。何があったかは判らぬが、こうやって婿どのが直々に迎えにお越し下されたのだ。私としては、いつでも娘を連れ帰って頂いて構いませぬぞ。
―お言葉、痛み入ります。私についてはとかく様々な噂がお耳に入っておることかと拝察仕りますれど、これよりはこの榊原泰雅、姫一人を守り通して終生大切に致す所存でおります。大切なご息女を必ず幸せに致しまする。
泰雅は、この時、自らに固く誓ったのだ。
いや、泰雅自身が心の奥底から泉水一人だけを欲していた。泉水以外の女なぞ、もう要らぬ、と。
―そこまで仰せ頂くとは、娘はつくづく幸せな奴ですな。至らぬ娘なれど、幾久しうお願い申し上げる。
源太夫もまた丁寧に頭を下げたのだった。
源太夫の許を辞した直後、泰雅は額に汗を滲ませていおり、そのことに改めて気付いた有様であった。どうやら、我を忘れるほどに緊張しきっていたらしい。歳の割に怜悧と囁かれるこの若者も、勘定奉行にして舅の前ではまるで子どもに戻ったようだ。
泰雅は源太夫との対面を終え、その脚で泉水の部屋を訪ねたのだ。
だが、泉水はそんな良人と父のやりとりなぞ知るはずもない。
