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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第3章 《囚われた蝶》

 泰雅は泉水の気持ちを無視して、手込めも同然に抱いたのだ。―しかも、泉水にとっては初めての夜だった。もう少し優しさとか気遣いとかを見せてくれても良かったのに、泰雅の昨日の行為はただ男の欲望に突き動かされ、泉水の身体を性欲のはけ口にしたにすぎない。
 微塵の労りや優しさも感じられなかった。
「姫には済まないことをしたと思っている。でも、昨夜のことで謝りはしない。俺は泉水が好きだ。大切にしてやりたい、守ってやりたいと思う。でも、俺は男だから男としての愛し方しかできないんだ。それゆえ、昨日のは怖い想いをさせたと反省はしているけど、謝らない」
 泉水はうつむいて泰雅の言葉を聞いていた。泰雅が問いかける。
「姫は俺を嫌いか? あんなふるまいをした俺をもう二度と許せないか?」
 静かな声音だった。昨夜、荒々しく泉水を組み敷いた男とは違う男のようだ。
 泉水は面を上げた。
 こちらをじいっと見つめる泰雅と視線が合う。真摯な、そして一途な瞳だった。
 初めて泉水が見た日の穏やかな泰雅に戻っている。
「俺には泉水が必要なんだ」
 泰雅がひと言、ひと言をゆっくりと噛みしめるように言った。
「昨日の昼間、言ったことは嘘じゃない。自分の身も顧みず、赤の他人のために危険に飛び込んでゆける泉水に惚れた。そなたのような女を俺は初めて見たんだ。この女なら、自分の生涯を賭けてみても良いと思える女に初めてめぐり逢った。初めて逢った日、たとえどんな手段を使っても、手に入れたいと思った。側に置いて、共に人生を過ごしてゆきたいと本気で考えたんだ。―まさか、それが自分の妻だとは愚かにも知らずに、どこの家中の娘か、どうすればもう一度逢えるかと真剣に悩んでいたのさ」
 初めて逢ったときから、いささかお喋りな男という印象があったのだが、今日の泰雅は慎重に言葉を選びながら話しているのが伝わってきた。
 これ以上、泉水の心を傷つけまいと泰雅なりに気遣っているのだろう。
「それでも、泉水は俺の許には戻れないというのか? 俺を許してはくれねえのか」
 泉水の眼に熱いものが溢れた。
 泉水だって、初めて出逢ったその瞬間から、泰雅に惹かれたのだ。良人だと知らずに、強く惹かれ、恋に落ちた。

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