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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第24章 再会

「随分と色んなことがあったようだねえ、姐さん」
 夢五郎は気安い笑顔はそのままに言った。考えてみれば、泉水の想いを見透かすかのような科白でもある。だが、その物言いには気遣うような労りがこもっていた。
「三日前、久しぶりに夢札を引いてみたら、桜の札が出た。こいつァは桜に縁(ゆかり)の夢を見るか、出来事に遭遇するなと思っていたのさ。考えてみれば、この寺は桜に回りを囲まれてると言っても良いからね。近々、ここを訪れることにはなっていたから、何かここであるとは思って来たんだが、まさか姐さんとまた逢えるとは流石の私も思ってもみなかったよ」
 相変わらずよく喋る男だ。だが、今は、このお喋りが何故か懐かしく思える。
 泉水は思わず涙が溢れた。
「ここで逢ったのも何かの縁だろう。幾ら尼寺で再会したからって、御仏のお導きとまで言うほど私は信心深くはないからね。だが、夢札の暗示から、何らかの意味はあるんだと思う。差し支えなければ、何があったか話しちゃくれねえか。私で良かったら、力になるよ」
 心に滲み入るような声で言われ、泉水は頷いた。涙が溢れ、ポタリと膝に落ちる。
「私が憶えてるのは、少々跳ねっ返りに思えるくらいの元気な姐さんだったがねえ。泣き出すなんて、よほど辛いことがあったんだ」
 夢五郎は呟いた。
 泉水は訥々と語った。赤の他人である夢五郎にこれまでの経緯を話すのは、かなりの勇気と躊躇いを憶えたけれど、誰かに聞いて欲しかったのもまた事実であった。だが、夢五郎も所詮は男である。果たして、泉水の言い分や気持ちがどれほど伝わり、理解して貰えるかは判らない。
 良人である榊原泰雅の名前は伏せ、御家人の妻であると名乗った上で、後はこれまでの事情を殆ど包み隠さず打ち明けた。
「多分、私の言い分は世間の常識では到底理解はして貰えないでしょう。悪いのは私なのだと思います」
 長い話の終わりに、泉水はそう言った。
 良人を愛していながら、その惚れた男と膚を合わせることのできぬ自分。拒めば苛まれ、それが辛くて、良人の許を逃げ出した。世間では、そんなことは許されない。妻はあくまでも良人に従うべきものであり、勝手に夜伽を拒んだり家を出たりはしないものだ。誰もがそう思っている。

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