
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第24章 再会
けれど、まさか、その運命がこのような形で待ち受けているとは考えもしなかったのだ。
愛してもいない男の子を、しかも言い尽くせぬ恥辱を受けた末に身ごもる―。女としては死ぬほどに口惜しく哀しいことであった。
「まだ、判りませぬ。月のものが遅れだたけかも」
泉水は力ない口調で訴えた。
村を出て以来、月のものが一度として来てはいない。そのことを迂闊にも今日まで深く考えたこともなかった。ただ、環境の激変や心理的にも色々と負担が重なったからと、安易に考えていたのだ。
「私もかつては子を生み、人並みに人の親になったことがあります。おせんどのの今の体調悪しきは恐らくは悪阻(つわり)でしょう。病気などではありません。私にも憶えのあることゆえ、傍で見ていれば判るのですよ」
光照は労るように言った。
だが、泉水は烈しく首を振った。
「違います! 私は身ごもってなんかいません。私は、私は―あの男(ひと)の子どもなんて産みたくない。望んでなんかいないんです。それなのに、何故、何故、身ごもらきゃいけないの?」
泉水は烈しい衝撃と苦悩に震えた。
心を閉ざそうとするかのように、両手で己れの身体を抱きしめ、固く眼を閉じた。
「おせんどの、落ち着きなされ。そのように取り乱したりしては、腹の子に障ります。もう、そなた一人の身体ではないのです、大切にせねば」
光照の言葉に、泉水は眼から大粒の涙を溢れさせながら叫んだ。
「こんな子なんて、要りません。私は産みたくない、生みたくないんです。あの男の子どもなんて」
一瞬、意識がフウと遠のく。
泉水のか細い身体がゆらりと揺れた。
「おせんどのッ」
光照が呼ぶ声が遠くから聞こえてくるような気がしたけれど、直に泉水の意識は暗い底なしの闇へと吸い込まれていった。
その夜のことである。泉水の姿が月照庵から消えた。朝の勤行の最中に不調を訴えた泉水は、その日はずっと自室で休んでいた。光照は体調が回復するまで、泉水に寝んでいるようにと勧めたのである。泉水は本堂では取り乱したものの、素直に師匠の言葉に従い、自室に引きこもった。
愛してもいない男の子を、しかも言い尽くせぬ恥辱を受けた末に身ごもる―。女としては死ぬほどに口惜しく哀しいことであった。
「まだ、判りませぬ。月のものが遅れだたけかも」
泉水は力ない口調で訴えた。
村を出て以来、月のものが一度として来てはいない。そのことを迂闊にも今日まで深く考えたこともなかった。ただ、環境の激変や心理的にも色々と負担が重なったからと、安易に考えていたのだ。
「私もかつては子を生み、人並みに人の親になったことがあります。おせんどのの今の体調悪しきは恐らくは悪阻(つわり)でしょう。病気などではありません。私にも憶えのあることゆえ、傍で見ていれば判るのですよ」
光照は労るように言った。
だが、泉水は烈しく首を振った。
「違います! 私は身ごもってなんかいません。私は、私は―あの男(ひと)の子どもなんて産みたくない。望んでなんかいないんです。それなのに、何故、何故、身ごもらきゃいけないの?」
泉水は烈しい衝撃と苦悩に震えた。
心を閉ざそうとするかのように、両手で己れの身体を抱きしめ、固く眼を閉じた。
「おせんどの、落ち着きなされ。そのように取り乱したりしては、腹の子に障ります。もう、そなた一人の身体ではないのです、大切にせねば」
光照の言葉に、泉水は眼から大粒の涙を溢れさせながら叫んだ。
「こんな子なんて、要りません。私は産みたくない、生みたくないんです。あの男の子どもなんて」
一瞬、意識がフウと遠のく。
泉水のか細い身体がゆらりと揺れた。
「おせんどのッ」
光照が呼ぶ声が遠くから聞こえてくるような気がしたけれど、直に泉水の意識は暗い底なしの闇へと吸い込まれていった。
その夜のことである。泉水の姿が月照庵から消えた。朝の勤行の最中に不調を訴えた泉水は、その日はずっと自室で休んでいた。光照は体調が回復するまで、泉水に寝んでいるようにと勧めたのである。泉水は本堂では取り乱したものの、素直に師匠の言葉に従い、自室に引きこもった。
