
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第24章 再会
夕刻、伊左久が夕餉の膳を運んでいった時、まだ夜具に横たわっていたのだ。とはいえ、気分が悪いのだと言い、膳の物には全く手を付けてはいなかった。気になった伊左久が再び泉水の部屋を覗いたのが宵の口であった。伊左久は愕きの声を上げ、すぐに光照に事の次第を報告に走る。普段は静かな寺内は大騒ぎになった。
丁度、伊左久と光照が蒼白な顔を見合わせていたのとほぼ同じ時刻、泉水は寺の近くを流れる川のほとりにいた。毎朝、水汲みに来る場所である。この川は一見したところは小さなもので、流れも緩やかだが、存外に深くて急流であった。
睦月の夜空に、もうじき満月になろうかという月がふっくらとした姿を見せているが、今夜は雲も多く、月は時折雲に隠れては、また、姿を現す。月を取り囲むように、無数の星々が煌めいている。
泉水は草履を脱いだ。真冬のひんやりとした夜気が裸足にまとわりつく。吐く息が白い。
ゆっくりと歩いて川岸へ向かう。月の光に白々と照らされ、水面が銀色に光っている。煌めく水面が手を差し招いて呼んでいるようにも思えた。
あそこへゆけば、もう苦しむこともない。男に追われ、その影に怯えて暮らすことも、あの男の子を宿したという現実に向き合うこともない。
身も凍る寒さの中、泉水はそろりと脚を踏み出す。片脚だけを水に浸した途端、鋭い冷たさを感じた。まるで刺すような冷気が足許から伝わってくる。それでも、躊躇わず、もう一方の脚をも水に入れようとする。
少し厚い雲が月にかかった、そのときだった。
「止めねえか」
鋭い声が静寂を破る。
泉水がハッと我に返った。
「腹の子を道連れにするつもりか!」
泉水の顔に愕きがひろがった。長身の男が自分に向かって全速力で駆けてくる。その男を惚けたように見つめる。
再び現れた月が、男の整った貌を照らしだす。
「姐さん、何を馬鹿なことをしてるんだよ。この間のことがあったから、どうにも気になって来てみりゃア、案の定、このザマだ。姐さんともあろう女が何をどうとち狂って、入水なんぞしようと思い立ったのさ」
夢五郎が泉水の手を掴む。
丁度、伊左久と光照が蒼白な顔を見合わせていたのとほぼ同じ時刻、泉水は寺の近くを流れる川のほとりにいた。毎朝、水汲みに来る場所である。この川は一見したところは小さなもので、流れも緩やかだが、存外に深くて急流であった。
睦月の夜空に、もうじき満月になろうかという月がふっくらとした姿を見せているが、今夜は雲も多く、月は時折雲に隠れては、また、姿を現す。月を取り囲むように、無数の星々が煌めいている。
泉水は草履を脱いだ。真冬のひんやりとした夜気が裸足にまとわりつく。吐く息が白い。
ゆっくりと歩いて川岸へ向かう。月の光に白々と照らされ、水面が銀色に光っている。煌めく水面が手を差し招いて呼んでいるようにも思えた。
あそこへゆけば、もう苦しむこともない。男に追われ、その影に怯えて暮らすことも、あの男の子を宿したという現実に向き合うこともない。
身も凍る寒さの中、泉水はそろりと脚を踏み出す。片脚だけを水に浸した途端、鋭い冷たさを感じた。まるで刺すような冷気が足許から伝わってくる。それでも、躊躇わず、もう一方の脚をも水に入れようとする。
少し厚い雲が月にかかった、そのときだった。
「止めねえか」
鋭い声が静寂を破る。
泉水がハッと我に返った。
「腹の子を道連れにするつもりか!」
泉水の顔に愕きがひろがった。長身の男が自分に向かって全速力で駆けてくる。その男を惚けたように見つめる。
再び現れた月が、男の整った貌を照らしだす。
「姐さん、何を馬鹿なことをしてるんだよ。この間のことがあったから、どうにも気になって来てみりゃア、案の定、このザマだ。姐さんともあろう女が何をどうとち狂って、入水なんぞしようと思い立ったのさ」
夢五郎が泉水の手を掴む。
