
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第3章 《囚われた蝶》
と、泰雅が苦笑いを浮かべた。
「参ったな。こんなに緊張したのは初めてだぜ。いつもなら芝居の科白のようにすらすらと口説き文句が出てくるんだがな。まるで生まれて初めて女を口説いてるみたいな気分だ。どうも、こういうのは俺にはつくづく向いてないみたいだ」
泉水が何も言えないでいると、泰雅は笑った。
「すぐに帰ってこいとは言わない。だが、泉水が帰ってくるのを待ってる」
泰雅が優しい眼で泉水を見つめる。
良人が静かに背を向けようとした時、泉水は弾かれたように顔を上げた。
「待って」
泰雅の歩みが止まる。大きな背中に緊張がみなぎっていた。
「私も連れて行って下さい。今度こそ、あなたの妻として」
今、言わなければ、きっと一生後悔する。 泉水は素直な想いを口にした。
泰雅がゆっくりと振り向いた。
「俺を許してくれるのか」
「私も初めてお逢いした日から、泰雅さまを―殿をお慕いしておりました。どこの方だろうかと、もう一度お逢いできないものかとそればかり考えていました」
忘れようと何度も思ったけれど、忘れることはできなかった。飄々とした雰囲気、優しい笑顔やまなざしが心に灼きついて離れなかったのだ。
泰雅が笑った。
「今の科白は歓ぶべきなんだろうか。良人としては複雑な心境だな。泉水は一応、人妻なんだぞ? もし俺がよその見も知らぬ男だったら、どうなってたんだ」
泰雅は半分本気、半分冗談のように言い。
次に表情を引き締めた。
「泉水、ついでに一つだけ聞かせちゃくれねえか」
泉水が眼を見開くと、泰雅は眩しげに眼をまたたいた。
「祐次郎というのは、一体どこのどいつなんだ? そなたは昨夜もその名を呼んだが」
泉水は息を呑んだ。まさかこの場で祐次郎の名が泰雅の口から出るとは思いもしなかったのだ。
今度は泉水が考えつつ、応える番であった。
「許婚者です」
短い沈黙が落ちた。
泉水は、静かな眼で泰雅を見つめた。
「参ったな。こんなに緊張したのは初めてだぜ。いつもなら芝居の科白のようにすらすらと口説き文句が出てくるんだがな。まるで生まれて初めて女を口説いてるみたいな気分だ。どうも、こういうのは俺にはつくづく向いてないみたいだ」
泉水が何も言えないでいると、泰雅は笑った。
「すぐに帰ってこいとは言わない。だが、泉水が帰ってくるのを待ってる」
泰雅が優しい眼で泉水を見つめる。
良人が静かに背を向けようとした時、泉水は弾かれたように顔を上げた。
「待って」
泰雅の歩みが止まる。大きな背中に緊張がみなぎっていた。
「私も連れて行って下さい。今度こそ、あなたの妻として」
今、言わなければ、きっと一生後悔する。 泉水は素直な想いを口にした。
泰雅がゆっくりと振り向いた。
「俺を許してくれるのか」
「私も初めてお逢いした日から、泰雅さまを―殿をお慕いしておりました。どこの方だろうかと、もう一度お逢いできないものかとそればかり考えていました」
忘れようと何度も思ったけれど、忘れることはできなかった。飄々とした雰囲気、優しい笑顔やまなざしが心に灼きついて離れなかったのだ。
泰雅が笑った。
「今の科白は歓ぶべきなんだろうか。良人としては複雑な心境だな。泉水は一応、人妻なんだぞ? もし俺がよその見も知らぬ男だったら、どうなってたんだ」
泰雅は半分本気、半分冗談のように言い。
次に表情を引き締めた。
「泉水、ついでに一つだけ聞かせちゃくれねえか」
泉水が眼を見開くと、泰雅は眩しげに眼をまたたいた。
「祐次郎というのは、一体どこのどいつなんだ? そなたは昨夜もその名を呼んだが」
泉水は息を呑んだ。まさかこの場で祐次郎の名が泰雅の口から出るとは思いもしなかったのだ。
今度は泉水が考えつつ、応える番であった。
「許婚者です」
短い沈黙が落ちた。
泉水は、静かな眼で泰雅を見つめた。
