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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第24章 再会

「そうさ。生んでやりなよ、姐さん。折角縁あって授かった生命だ、生んで大切に育ててやれば良いじゃねえか。その子の父親が誰かなんてことは、この際、どうでも良い。その子は姐さん一人の子だと思えば良いんだ。御仏が授けてくれた、姐さん一人の子だ」
「御仏の授けて下された子」
 泉水が呟くと、夢五郎は照れたように笑った。
「どうも、この間から、らしくねえことばかり言ってるな、私は。いつもはここに来てももろくに仏に手を合わせたこともないのに」
「だが、そう思やァ、少しは気が楽になりはしねえか」
 夢五郎が笑い、そっと手を伸ばし、泉水の頬に触れた。夢五郎に先刻、打たれた箇所だ。
「痛かっただろう? 済まねえな」
 泉水は黙って首を振った。痛みそのものはたいしたことはない。手加減をしたのは判っていた。だが、痛みよりも愕きの方が大きかったのだ。そして、夢五郎がそこまで自分の身を、腹の子のことまで案じてくれたことが嬉しかった。
 その時、ふと疑問に思った。何故、夢五郎が泉水の懐妊を知っているのだろう。光照から聞いたのだろうか。
 泉水の思惑など知らぬげに、夢五郎は月を仰ぎ見ながら言った。
「ここから眺める月はいつも見事だな」
 ふと視線を動かし、泉水を見つめる。
「姐さん、何でこの寺を〝観月庵〟とも呼ぶか、知ってるか?」
 唐突に問われ、泉水は眼を丸くする。この寺に来てまだ二ヶ月、またの名を〝観月庵〟ということは知っていても、その名前の由来までは知らない。
 夢五郎が笑った。
「その顔じゃア、知らねえな。よし、私が教えてやろう。そもそも、この寺の月照庵という名も観月庵の名の由来と同じ理屈なんだ」
 ふと閃くものがあり、泉水は問うた。
「ここから見る月が綺麗だから―、ですか?」
「ああ、ご名答。ほら、見てみな」
 夢五郎はそう言って、また空を見上げる。
 晴れ渡った夜の空に、丸い月が昇っている。紫紺の空に縫い止められでもしたかのように、無数の星々が光っている。まばゆい輝きが今にも地上に向かって降り注いでくるようだ。

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