
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第24章 再会
冴え冴えとした冷たい月光に照らしだされる河原は、昼間とは風情が違って見える。川も周囲の景色もすべてが淡く発光し、銀白色に輝いているように見えた。河原の石が月の光に濡れて光っている。それらは、どこかこの世のものならぬ、夢幻の世界を思わせる。
「今からもう二十年も前のことになるが、この庵が完成した日、あの人は庭に降りて、夜空を見上げたそうだ。丁度その夜も今夜のような見事な月夜だったという。この山頂から眺める月は格別綺麗なのだなと、いたく感じ入った。その気持ちを寺の名に込めたのだと話していた」
夢五郎が円い月を見上げながら、淡々と言う。夢五郎の言う〝あの人〟というのが光照を指すのだということは漠然と判る。
だが、そう呼ぶ口調には、どこか突き放したような冷淡さ、一歩距離を置いた場所から醒めた眼で見ているような響きがあった。
そういえば、夢五郎は光照の数少ない身内の一人だと、いつか伊左久が話していた。一体、この男はあの浄らかな尼君と、どのような拘わりがあるというのだろう。泉水の中で、ここのところずっとわだかまっていた疑問が頭をもたげてくる。
「先刻、姐さんは私に言っただろう、姐さんの気持ちが私に判るはずがないって」
夢五郎は突然、そんなことを言った。
確かに、言った。死ねば楽になるのに、どうして、ひと思いに死なせてくれないのだ、止めるのだと叫んだような気がする。あのときは無我夢中で、実は自分が何を口走ったかは半分ほどしか記憶していないのだけれど。
「私は女人ではないゆえ、姐さんの気持ちを丸ごと理解してやることはできない。さりながら、少しは判るつもりだ、―少なくとも、姐さんがみすみす見殺しにしようとした腹の赤ン坊の気持ちならよく理解できるぜ」
「それは、どういう―?」
泉水が小首を傾げると、夢五郎は頷いた。
「この寺の住職は、私の母親だ」
それは、もう随分前から、漠然とは予期していた言葉だったかもしれない。伊左久の言葉、光照のあの言葉。
―私も昔、子どもを産んだことがあります。これでも、人並に母親だったことがあるゆえ、判るのです。
今朝、本堂で泉水に懐妊しているのではないかと告げたときの光照の科白だ。
「今からもう二十年も前のことになるが、この庵が完成した日、あの人は庭に降りて、夜空を見上げたそうだ。丁度その夜も今夜のような見事な月夜だったという。この山頂から眺める月は格別綺麗なのだなと、いたく感じ入った。その気持ちを寺の名に込めたのだと話していた」
夢五郎が円い月を見上げながら、淡々と言う。夢五郎の言う〝あの人〟というのが光照を指すのだということは漠然と判る。
だが、そう呼ぶ口調には、どこか突き放したような冷淡さ、一歩距離を置いた場所から醒めた眼で見ているような響きがあった。
そういえば、夢五郎は光照の数少ない身内の一人だと、いつか伊左久が話していた。一体、この男はあの浄らかな尼君と、どのような拘わりがあるというのだろう。泉水の中で、ここのところずっとわだかまっていた疑問が頭をもたげてくる。
「先刻、姐さんは私に言っただろう、姐さんの気持ちが私に判るはずがないって」
夢五郎は突然、そんなことを言った。
確かに、言った。死ねば楽になるのに、どうして、ひと思いに死なせてくれないのだ、止めるのだと叫んだような気がする。あのときは無我夢中で、実は自分が何を口走ったかは半分ほどしか記憶していないのだけれど。
「私は女人ではないゆえ、姐さんの気持ちを丸ごと理解してやることはできない。さりながら、少しは判るつもりだ、―少なくとも、姐さんがみすみす見殺しにしようとした腹の赤ン坊の気持ちならよく理解できるぜ」
「それは、どういう―?」
泉水が小首を傾げると、夢五郎は頷いた。
「この寺の住職は、私の母親だ」
それは、もう随分前から、漠然とは予期していた言葉だったかもしれない。伊左久の言葉、光照のあの言葉。
―私も昔、子どもを産んだことがあります。これでも、人並に母親だったことがあるゆえ、判るのです。
今朝、本堂で泉水に懐妊しているのではないかと告げたときの光照の科白だ。
