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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第24章 再会

 そして、夢五郎自身の先刻、月照庵の名の由来を語ったときの様子。あの話を、夢五郎は光照から聞いたという。すべてを考え併せれば、応えは自ずと見えてくるはずだった。
「私の真の名は藤原頼房(よりふさ)。父は権中納言藤原頼継といってね。これでも一応、公家の端くれで、父の邸宅が綾小路にあるゆえ、綾小路頼房なぞという、たいした名前で呼ばれることもある。母―あの人は、父の最初の妻だった女(ひと)さ」
 泉水は、内心、ああやはりという想いだった。夢売りの夢五郎という名前がかりそめのものであろうとは察していた。その派手で型破りな恰好は別として、幾ら町人のふりを装っても、端整な面差しや気品を失わぬ物腰は彼の出自がけして町家ではないことを物語っていた。だが、まさか京の公卿の家の息子だったとまで流石に思いもしなかったが!
 それにしても実の母を〝あの人〟と冷たく呼ぶ裏には、よほどの事情が存在するに相違ない。が、それを今、この場で夢五郎から聞くことは到底できそうにはない。
「あの人にとっては、この月照庵が我が子のようなものだったんだろう」
 夢五郎がつと振り向く。浄らかな月の光に照らされた表情は、なるほど、確かに光照のふっくらとした柔和な面立ちを濃く宿している。改めて、この男が光照の息子なのだと思った。
「姐さん、母親に捨てられた子の気持ちを考えてやったことがあるかい? その子は一生、自分は要らない子なのだと、親にすら見放され、切り捨てられた子なのだと思い込んで生きてゆかなければならないんだぜ。私なんぞはまだこうして生きているからこそ、そうやって親を恨みもできる。だが、殺された子は、どうなる? 折角この世に生を受けながら、闇から闇へと葬られた子の無念はどうなる? 生まれ出る前の生命をむざと摘み取るのは、生きている子を見捨てるよりも酷いことだと私は思うんだがな。死んで極楽にゆける、良い想いができるなんて真っ赤な嘘だ。この世に生きていてこその、幸福じゃないのか。死んじまったら、それですべては終わりだよ、後は何も良いことなんか、ありしゃしねえ」
 到底、極楽往生を説く尼僧の倅とは思えないようなことを平然と言う。だが、夢五郎の言うことも道理ではあった。

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