
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第3章 《囚われた蝶》
泰雅はしばらく眼を閉じて、何かの想いに浸っているようであった。
「許婚者―、最初にこの縁組みが来た時、泉水には確か昔、許婚者がいたと聞いた」
泉水は首肯した。
「はい、私が八歳のときに父が定めた許婚者でした。でも、祐次郎さまは十四でお亡くなりになられたのです。ご病気でした。それ以来、私は縁組みした殿御を取り殺してしまう星の下に生まれたと云われてきたのです。それゆえ、祐次郎さまがお亡くなりあそばされた後、縁談もふっつりと来なくなりました」
語り終えると、泰雅は泉水に問うた。
「惚れていたのか?」
また静寂があった。
泉水は小さく首を振った。
「正直、よく判りません。まだ子どもでしたから。祐次郎さまが亡くなられた折、私はまだ十一でした。恋が何なのかどころか、人を好きになることさえ、知らなかったのです」
「でも、嫌いではなかったのだろう? 少なくとも、昨日の泉水の口ぶりでは俺にはそのように思えたぞ」
泉水は正直に頷いた。
「はい、嫌いではなかったと存じます。むしろ―ほのかな好意を抱いていたかもしれません。優しいお方でした。いつも穏やかに笑っていて、お身体はお丈夫ではなかったけれど、その分、熱心にご学問に励んでおられました」
―いつか姫さまの良人、槇野家の婿となるにふさわしい男子となりたいと存じます。
一度だけ、祐次郎が珍しくそんなことを言ったことがある。
祐次郎は後嗣のおらぬ槇野家に婿養子に入るはずであった。白い頬を紅潮させて、少し眩しげに泉水を見つめながらそう言った。あの時、祐次郎は十三歳、亡くなる前年のことであった。その頃、急に身の丈も伸び、線が細いなりに少年らしくなってきたように記憶している。
「泉水にとって、祐次郎どのの想い出は大切なものなのだな。亡くなって久しいというに、いまだにそなたにそのような表情をさせるとは、何だか、少々妬ける」
泰雅の声に、ふと現に戻る。
物問いたげなまなざしにぶつかり、泉水は微笑んだ。
「許婚者―、最初にこの縁組みが来た時、泉水には確か昔、許婚者がいたと聞いた」
泉水は首肯した。
「はい、私が八歳のときに父が定めた許婚者でした。でも、祐次郎さまは十四でお亡くなりになられたのです。ご病気でした。それ以来、私は縁組みした殿御を取り殺してしまう星の下に生まれたと云われてきたのです。それゆえ、祐次郎さまがお亡くなりあそばされた後、縁談もふっつりと来なくなりました」
語り終えると、泰雅は泉水に問うた。
「惚れていたのか?」
また静寂があった。
泉水は小さく首を振った。
「正直、よく判りません。まだ子どもでしたから。祐次郎さまが亡くなられた折、私はまだ十一でした。恋が何なのかどころか、人を好きになることさえ、知らなかったのです」
「でも、嫌いではなかったのだろう? 少なくとも、昨日の泉水の口ぶりでは俺にはそのように思えたぞ」
泉水は正直に頷いた。
「はい、嫌いではなかったと存じます。むしろ―ほのかな好意を抱いていたかもしれません。優しいお方でした。いつも穏やかに笑っていて、お身体はお丈夫ではなかったけれど、その分、熱心にご学問に励んでおられました」
―いつか姫さまの良人、槇野家の婿となるにふさわしい男子となりたいと存じます。
一度だけ、祐次郎が珍しくそんなことを言ったことがある。
祐次郎は後嗣のおらぬ槇野家に婿養子に入るはずであった。白い頬を紅潮させて、少し眩しげに泉水を見つめながらそう言った。あの時、祐次郎は十三歳、亡くなる前年のことであった。その頃、急に身の丈も伸び、線が細いなりに少年らしくなってきたように記憶している。
「泉水にとって、祐次郎どのの想い出は大切なものなのだな。亡くなって久しいというに、いまだにそなたにそのような表情をさせるとは、何だか、少々妬ける」
泰雅の声に、ふと現に戻る。
物問いたげなまなざしにぶつかり、泉水は微笑んだ。
