
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第24章 再会
「何ゆえ、あのような怖ろしいことをしたのか。今でも、我が身の所業ながら、そのときの自分の心持ちが判りません。恐らく、そのときの私は夜叉になり果てていたのでしょう。怖ろしいことです。良人を奪われたと、奪った女性と裏切った良人をとことんまで憎みましたが、考えてみれば、良人をそのような行為に走らせたのには、私に至らぬところがあったからでしょう。我が身の非も顧みようとせず、嫉妬に狂い、私は鬼になってしもうた。あまりの罪深さに、我ながら末怖ろしくなりました。生きながら鬼と化した私には最早、現世を捨て仏の道に生きるしかないと思い定め、良人も子も捨て家を出ました」
光照は長い話を終えると、吐息を吐き出した。
泉水は固唾を呑んで、光照を見つめた。
眼前のこの穏やかな、仏のような女性にかつて、そのような壮絶な過去があったとは想像もできない。
「そのときに屋敷に置いてきた息子が頼房です。当時、頼房は二つ、私の顔すら憶えてなかったでしょう。長じて、何故、自分が母親に捨てられねばならなかったか、そればかりを考え、私を恨んで生きてきたに相違ありませぬ。それは仕方のないことです。屋敷を出て、しばらくは知り合いの寺に身を寄せ、そこで修行をしました。剃髪したのもそのときです。それから京の都を出て、ここまで流れてきて、山の上に庵を結び月照庵と名付けました。最初は己れが死に追いやった哀れな母子(おやこ)の菩提を弔うつもりで仏道に入ったのです。とはいえ、それも結局は、己れの犯した罪を少しでも償いたくて、己れ自身が救われたくて、御仏に縋ったのですが」
光照はうっすらと微笑を湛え、泉水を見つめる。
「最初は自分が御仏に救って頂きたくてこの道に帰依したのに、いつしか、考え方が変わってきました。自分が苦しみから救われたように、一人でも多くの人々をこの現世の苦しみから救いたいと願うようになりました。いいえ、私などの数ならぬ身には、人を救うことなどはできませぬ。ただ、その人の抱える煩悩を少しでも軽くして差し上げられるように微力ながら努力すること、それが、これからの自分の使命であり務めであると考えるようになったのです」
そのような考え方が根幹にあったからこそ、光照は盗人であった伊左久を受け容れ、また泉水をもこの寺に迎え入れたのだろう。
光照は長い話を終えると、吐息を吐き出した。
泉水は固唾を呑んで、光照を見つめた。
眼前のこの穏やかな、仏のような女性にかつて、そのような壮絶な過去があったとは想像もできない。
「そのときに屋敷に置いてきた息子が頼房です。当時、頼房は二つ、私の顔すら憶えてなかったでしょう。長じて、何故、自分が母親に捨てられねばならなかったか、そればかりを考え、私を恨んで生きてきたに相違ありませぬ。それは仕方のないことです。屋敷を出て、しばらくは知り合いの寺に身を寄せ、そこで修行をしました。剃髪したのもそのときです。それから京の都を出て、ここまで流れてきて、山の上に庵を結び月照庵と名付けました。最初は己れが死に追いやった哀れな母子(おやこ)の菩提を弔うつもりで仏道に入ったのです。とはいえ、それも結局は、己れの犯した罪を少しでも償いたくて、己れ自身が救われたくて、御仏に縋ったのですが」
光照はうっすらと微笑を湛え、泉水を見つめる。
「最初は自分が御仏に救って頂きたくてこの道に帰依したのに、いつしか、考え方が変わってきました。自分が苦しみから救われたように、一人でも多くの人々をこの現世の苦しみから救いたいと願うようになりました。いいえ、私などの数ならぬ身には、人を救うことなどはできませぬ。ただ、その人の抱える煩悩を少しでも軽くして差し上げられるように微力ながら努力すること、それが、これからの自分の使命であり務めであると考えるようになったのです」
そのような考え方が根幹にあったからこそ、光照は盗人であった伊左久を受け容れ、また泉水をもこの寺に迎え入れたのだろう。
