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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第24章 再会

 そして今、泉水自身は光照のような懐の広い、どのような人でも受け容れることのできる尼僧になりたいと考えている。御仏の懐に抱(いだ)かれたことによって、この二人の女たちは他者の存在をよりはっきりと意識し、自ら他人を救いたいと願うようになったのだ。それこそが御仏の功徳というものであろうか。
 泉水はそんなことを考えながら、光照の話に聞き入った。
「先ほど、私は幼い頼房を家に残してきたことに対して、仕方ないと申しました。確かに、あのときの状況を考えてみれば、それは致し方のないことでした。私には、どうすることもできなかった。まだ襁褓も取れぬ幼児を連れて屋敷を出ることはできませんでした。それに、言い訳のように聞こえるかもしれませぬが、頼房は藤原家のたった一人の嫡子です。いずれ成人の暁には綾小路藤原家を継ぐべき者ゆえ、私の我が儘で勝手に連れ出すわけにはゆきませぬ。さりながら、仕方のないこととはいえ、頼房の心中を思えば、本当に申し訳ないことをしたと思います。あの子が長の年月をどのような想いで過ごしてきたのかを振り返った時、やり切れないものを憶えます。いかほど詫びたところで、済むものではないでしょう」
 結局、夢五郎こと頼房は、十八のときに藤原家を出た。その時、既に頼房の父頼継は後添えを迎え、その後妻との間に二男一女を儲けていた。頼房は、家を出るに際し、その異腹の弟に家督を譲るようにと父に頼んだ。
 屋敷を出た頼房はそのまま江戸に下向したものらしい。江戸で何をして暮らしているのか、光照も京の父頼継も知らないまま、時は過ぎた。それでも、頼房は時々、思い出したようにふらりと京の屋敷に帰るという。
 父から金子を受け取るためだった。それは頼房が使うものではなく、母光照に届けるための金である。頼継は今でも光照に律儀にまとまった生活費を届けているのだった。しかし、頼継に言わせれば、その金子は元良人からの生活費ではなく、一人の信者からの寄進という名目で届けているのだという。
 二、三ヶ月に一度、頼房がこの月照庵を訪れるのは、その金子を届けるためであった。頼房が届けるようになるまでは、頼継は信頼できる家人に金を届けさせていた。この金子は、光照がここに庵を結んだその翌年からずっと定期的に届けられている。

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