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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第24章 再会

「いかにもあの人らしい細やかな心遣いです。信者からの寄進と言えば、気の強い私でも受け取らざるを得ないだろうと踏んで、そう言ってくれているのです。優しい男(ひと)、男らしい人だったのだと、ここに来て私は初めて、良人の本当の人柄を知りました。九年もの間、共に暮らしながら、私は一体、あの人のどこを何を見ていたのだろうかと自分を情けなく思いました」
 光照は真っすぐに泉水を見つめる。
「人生はもう二度とやり直すことはできませぬ。今頃になって、失った物の大切さを惜しんでみたところで、遅いのです。御仏にお仕えするようになったことに悔いはいささかもありませぬが、もし、現世にある時、私がもう少し大人であれば、良人や子を、そして罪なき母子を不幸にするようなことはなかったのだと今更ながらに口惜しく思います。だからこそ、私は若いあなたには私と同じ轍を歩んで欲しくはないのですよ。あなたにはちゃんと子どもを生み、手許で育てて欲しいのです」
 光照の眼には光るものがあった。
 夢五郎の言葉が耳奥に響く。
―あの人にとっては、月照庵が我が子のようなものだったんだろう。
 だが、それは大きな間違いだ。光照はこの二十四年間、夢五郎のことを片時たりとも忘れはしなかっただろう。月照庵も大切ではあったろうが、心の底には、いつも屋敷に残してきた愛児の面影を抱いていたに相違ない。
 そのことは、光照の先刻の話でよく判った。―夢五郎さん、庵主さまは、ずっとあなたを大切に思ってこられたのですよ。だから、あなたももうこれ以上、庵主さまを恨まないでね。
 泉水は夢五郎にそう言いたかった。
 今すぐに心から打ち解けて話すことは無理かも知れない。しかし、現に、夢五郎は光照を恨んでいると言いながらも、母のために遠路はるばる江戸からこの月照庵まで金子を届けにきている。自分を捨て去った酷い母だと心底から憎んでいるのであれば、そんなことはしないだろう。
 いつか、この二人の母子が判り合える日が来れば、どんなに良いだろうか。泉水はそんな日が必ず来ることを祈らずにはいられない。もしかしたら、夢五郎が公卿の跡継ぎであるという身分を捨て、単身江戸に来たのは、母の近くにいるためではないか。少しでも母の近くにいたいと望んだのではないか。

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