
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第25章 杏子の樹の傍で
「いいえ、初めて聞きました」
泉水がかぶりを振る。夢五郎はなおも蝶を眼で追っている。
「蝶のことを夢見鳥とも呼ぶんだ」
「夢見鳥―、素敵な響きのある呼び方ですけど、私は何かの鳥の名前かと思いました」
泉水は正直に応える。
その言葉に、夢五郎がクスリと笑いを洩らす。
「姐さんらしい感想だな」
しばらく静寂が流れた。紋白蝶は花から花へと戯れるように自由に飛んでいる。花と蝶だけが見つめている、音のない静まり返った空間、だが、不思議と心地よい雰囲気に満たされている。
唐突に夢五郎が口を開いた。
「不思議だろう? そんな風流な名前を聞きゃア、あの蝶に導かれて行った先には本当に夢が待っていそうな、そんな気になる。何の根拠もないのに、明るい気持ちになれるような気が私はするんだ。姐さんも夢を見たら良いのさ。私は夢札を売ってるが、夢札に描かれている絵だって、何とおりもの未来(さき)を暗示してるんだぜ。その人その人の理解のしようによっちゃア、色んな理解の仕方ができるからな」
確か、二年前に初めて江戸の町で出逢ったときも、夢五郎はそんなことを言っていた。
夢札はあくまでも未来を予想するものであって、それが決定的なものではないこと。未来を占う手がかりにはしても、夢札の暗示を気にしすぎて、振り回される必要は全くないと話していた。
本当に不思議な男である。二年前と違って、この男について色々と知り、随分と親しくなった今でさえ、夢五郎は得体の知れぬところがあった。それでも、夢五郎が泉水の身を真剣に案じてくれているのだけは判る。こうしてふらりと姿を見せては、さりげなく様子を見て、落ち込んでいたら励ましてくれる。
その態度には全く押しつけがましさはなかった。泉水に惚れているのだと度々広言しながらも、けして踏み込むことはなく適度な距離を保って対してくれる。そのことが、泉水にはありがたくも嬉しくもあった。
今日だって、泉水が何かしら物想いに沈んでいることが判ったからこそ、こうして勇気づけてくれようとしているのだ。これが夢五郎なりの優しさであった。
泉水がかぶりを振る。夢五郎はなおも蝶を眼で追っている。
「蝶のことを夢見鳥とも呼ぶんだ」
「夢見鳥―、素敵な響きのある呼び方ですけど、私は何かの鳥の名前かと思いました」
泉水は正直に応える。
その言葉に、夢五郎がクスリと笑いを洩らす。
「姐さんらしい感想だな」
しばらく静寂が流れた。紋白蝶は花から花へと戯れるように自由に飛んでいる。花と蝶だけが見つめている、音のない静まり返った空間、だが、不思議と心地よい雰囲気に満たされている。
唐突に夢五郎が口を開いた。
「不思議だろう? そんな風流な名前を聞きゃア、あの蝶に導かれて行った先には本当に夢が待っていそうな、そんな気になる。何の根拠もないのに、明るい気持ちになれるような気が私はするんだ。姐さんも夢を見たら良いのさ。私は夢札を売ってるが、夢札に描かれている絵だって、何とおりもの未来(さき)を暗示してるんだぜ。その人その人の理解のしようによっちゃア、色んな理解の仕方ができるからな」
確か、二年前に初めて江戸の町で出逢ったときも、夢五郎はそんなことを言っていた。
夢札はあくまでも未来を予想するものであって、それが決定的なものではないこと。未来を占う手がかりにはしても、夢札の暗示を気にしすぎて、振り回される必要は全くないと話していた。
本当に不思議な男である。二年前と違って、この男について色々と知り、随分と親しくなった今でさえ、夢五郎は得体の知れぬところがあった。それでも、夢五郎が泉水の身を真剣に案じてくれているのだけは判る。こうしてふらりと姿を見せては、さりげなく様子を見て、落ち込んでいたら励ましてくれる。
その態度には全く押しつけがましさはなかった。泉水に惚れているのだと度々広言しながらも、けして踏み込むことはなく適度な距離を保って対してくれる。そのことが、泉水にはありがたくも嬉しくもあった。
今日だって、泉水が何かしら物想いに沈んでいることが判ったからこそ、こうして勇気づけてくれようとしているのだ。これが夢五郎なりの優しさであった。
