
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第25章 杏子の樹の傍で
白い蝶はやがて桜花と桜花が重なり合った花(はな)叢(むら)の中へと吸い込まれるように消えた。
「夢なんざァ、所詮、そんな頼りない儚いものさ。かと言って、夢札は確かに未来を占う一つの手立てにはなるから、馬鹿にはできないがな。姐さんの未来だって、これから何があるかは判らねえし、ましてや、腹の赤ン坊の人生なんぞは皆目判らねえ。だったら、信じてやれよ。その子が夢見鳥に案内されてゆく先は、きっと幸せな未来に違えねえと。たまには肩の力を抜いて、安気に構えることも大切だぜ。今、思いつめたって、どうせ先の先のことまでは私たちには判りっこねえんだから」
夢売りとは夢を売る仕事。いつか夢五郎本人が言っていた。先の先のことまで今は判りっこない―、というのは夢売りらしくもない科白ではある。夢五郎はその夢売りらしくもないことを平然と口にして笑っている。
重なり合った花の間から再び蝶が顔を出す。今度こそ羽を忙しなく動かしながら、いずこへともなく飛び去っていった。
「白い夢見鳥か、姐さん、今日はきっと良いことがあるぜ」
夢五郎はそう言って微笑んだ。
夢五郎が言うと、途方もない夢が俄(にわか)に現実感を伴ってくるから不思議だ。どんな困難なことでも、夢五郎が〝大丈夫だ、姐さん〟と囁くだけで、容易く実現できるような気になる。もしかしたら―。
「夢売りって、人に元気を分けてあげる仕事なのかもしれませんね」
泉水が囁くと、まだ庭を見ていた夢五郎が小首を傾げる。
「何だ? 何か言ったか」
怪訝な表情の夢五郎に、泉水も微笑んだ。
「いいえ、今日も夢五郎さんは相変わらず良い男だなと思って」
こんな軽口や戯れ言も男を相手に平然と言えるようになった。泰雅と共に暮らしていた頃は、常に泰雅の顔色を見、逆らわないようにしていた。それは泰雅に対する恐怖心がさせていたことだった。元々は大らかで伸びやかだった泉水の気性を誰より愛していたはずの泰雅、その泰雅がいつしか泉水を愛するがあまり縛りつけ、その笑顔を曇らせていたのだ。
「おう、姐さんもやっと私の魅力に気付いてくれたようだねえ。嬉しいな。やはり、夢見鳥は吉兆の証」
などと、夢五郎の方も軽く受け流し、適当なことを言っている。
「夢なんざァ、所詮、そんな頼りない儚いものさ。かと言って、夢札は確かに未来を占う一つの手立てにはなるから、馬鹿にはできないがな。姐さんの未来だって、これから何があるかは判らねえし、ましてや、腹の赤ン坊の人生なんぞは皆目判らねえ。だったら、信じてやれよ。その子が夢見鳥に案内されてゆく先は、きっと幸せな未来に違えねえと。たまには肩の力を抜いて、安気に構えることも大切だぜ。今、思いつめたって、どうせ先の先のことまでは私たちには判りっこねえんだから」
夢売りとは夢を売る仕事。いつか夢五郎本人が言っていた。先の先のことまで今は判りっこない―、というのは夢売りらしくもない科白ではある。夢五郎はその夢売りらしくもないことを平然と口にして笑っている。
重なり合った花の間から再び蝶が顔を出す。今度こそ羽を忙しなく動かしながら、いずこへともなく飛び去っていった。
「白い夢見鳥か、姐さん、今日はきっと良いことがあるぜ」
夢五郎はそう言って微笑んだ。
夢五郎が言うと、途方もない夢が俄(にわか)に現実感を伴ってくるから不思議だ。どんな困難なことでも、夢五郎が〝大丈夫だ、姐さん〟と囁くだけで、容易く実現できるような気になる。もしかしたら―。
「夢売りって、人に元気を分けてあげる仕事なのかもしれませんね」
泉水が囁くと、まだ庭を見ていた夢五郎が小首を傾げる。
「何だ? 何か言ったか」
怪訝な表情の夢五郎に、泉水も微笑んだ。
「いいえ、今日も夢五郎さんは相変わらず良い男だなと思って」
こんな軽口や戯れ言も男を相手に平然と言えるようになった。泰雅と共に暮らしていた頃は、常に泰雅の顔色を見、逆らわないようにしていた。それは泰雅に対する恐怖心がさせていたことだった。元々は大らかで伸びやかだった泉水の気性を誰より愛していたはずの泰雅、その泰雅がいつしか泉水を愛するがあまり縛りつけ、その笑顔を曇らせていたのだ。
「おう、姐さんもやっと私の魅力に気付いてくれたようだねえ。嬉しいな。やはり、夢見鳥は吉兆の証」
などと、夢五郎の方も軽く受け流し、適当なことを言っている。
