
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第27章 黒い影
だが。
泉水は、またしても姿を消した。まるで泰雅から逃げるように、その村からもいなくなったのである。泰雅の烈しく燃え上がり、怒りはとどまるところを知らなかった。このようなことになるのであれば、あの時、泉水を強引にでも連れ帰っておくべきであったと幾度後悔したやもしれない。あの日、泣き叫ぶ泉水を無理に抱いたことで、泰雅にはいくばくかの罪悪感があった。これ以上、惚れた女に嫌われたくないと思ったのは確かだ。
黙って家出をされるほど嫌われ疎まれているのに、何を今更と自分でも思ったけれど、それでもなお、泉水にはこれ以上嫌われたくないという気持ちが心のどこかにあった。それゆえ、泉水を敢えて村に残し、一人で江戸に戻ったのだ。甘いといえば、甘かった。
泉水に愛想を尽かされたくないと思った我が身の女々しさが歯がゆかった。が、ここまで徹底的に避けられ、疎まれてもまだ泰雅は泉水を欲していた。いや、疎まれれば疎まれるほど、恋情は燃え盛り、募ってゆく。また、それと同じだけの憎しみの焔もまた心の内をちりちりと灼き焦がした。
泉水が再び出奔したと知らされた時、まず疑ったのは情夫と二人で手に手を取って雲隠れした―つまり駆け落ちしたのではないかということであった。しかし、ひそかに調べたところ、泉水と深間になっていたという男篤次はちゃんと村にいた。また、泉水のゆく方についは本当に何も知らないようであった。
その時になって、泰雅は初めて思った。
泰雅が村を訪れた夜、泉水はずっと訴えていた。自分と篤次の間には何もないのだ、と。
そのときの泰雅は所詮、言い逃れだと本気にもしなかったが、もしかしたら、あの言葉は真実だったのかもしれない。さもなければ、泉水が一人で村を出るはずがない。必ず男と二人で出てゆくに違いない。
泉水という女は、そういう女のはずであった。たとえ、どれほど泰雅を嫌っていたとしても、良人のある身で他の男と深間になったりするような女ではない。それに、泉水は男と膚を合わせるのを病的なまでに嫌がっていた。
泉水は、またしても姿を消した。まるで泰雅から逃げるように、その村からもいなくなったのである。泰雅の烈しく燃え上がり、怒りはとどまるところを知らなかった。このようなことになるのであれば、あの時、泉水を強引にでも連れ帰っておくべきであったと幾度後悔したやもしれない。あの日、泣き叫ぶ泉水を無理に抱いたことで、泰雅にはいくばくかの罪悪感があった。これ以上、惚れた女に嫌われたくないと思ったのは確かだ。
黙って家出をされるほど嫌われ疎まれているのに、何を今更と自分でも思ったけれど、それでもなお、泉水にはこれ以上嫌われたくないという気持ちが心のどこかにあった。それゆえ、泉水を敢えて村に残し、一人で江戸に戻ったのだ。甘いといえば、甘かった。
泉水に愛想を尽かされたくないと思った我が身の女々しさが歯がゆかった。が、ここまで徹底的に避けられ、疎まれてもまだ泰雅は泉水を欲していた。いや、疎まれれば疎まれるほど、恋情は燃え盛り、募ってゆく。また、それと同じだけの憎しみの焔もまた心の内をちりちりと灼き焦がした。
泉水が再び出奔したと知らされた時、まず疑ったのは情夫と二人で手に手を取って雲隠れした―つまり駆け落ちしたのではないかということであった。しかし、ひそかに調べたところ、泉水と深間になっていたという男篤次はちゃんと村にいた。また、泉水のゆく方についは本当に何も知らないようであった。
その時になって、泰雅は初めて思った。
泰雅が村を訪れた夜、泉水はずっと訴えていた。自分と篤次の間には何もないのだ、と。
そのときの泰雅は所詮、言い逃れだと本気にもしなかったが、もしかしたら、あの言葉は真実だったのかもしれない。さもなければ、泉水が一人で村を出るはずがない。必ず男と二人で出てゆくに違いない。
泉水という女は、そういう女のはずであった。たとえ、どれほど泰雅を嫌っていたとしても、良人のある身で他の男と深間になったりするような女ではない。それに、泉水は男と膚を合わせるのを病的なまでに嫌がっていた。
