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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第4章 《新たな始まり》

 もうこれ以後は女遊びも止め、泉水一人を妻として守り通すと。それは泰雅が自分自身に誓ったことでもあった。何より、当の泰雅が他の女を抱きたいとも欲しいとも思わなくなった。ただ泉水一人が傍にいてくれたなら、それで十分満ち足りた気持ちになれる。
 こんな気持ちになったのは、生まれて初めてのことだ。これまで数えきれぬほどの女を抱き、数々の浮き名を流してきた。“今光源氏”と呼ばれるだけあって、泰雅の男ぶりは並大抵のものではない。歌舞伎役者も色あせ、とえているなら夜陰に浮かぶ満開の夜桜のような妖艶さを漂わせる美男だ。だが、けして軟弱な優男ではなく、精悍さを持ち合わせており、女ならば泰雅に見つめられただけで頬を染め、“落ちる”とまで囁かれていた。
 自分でも世の中も女も恋も知りすぎるほど知っているつもりになっていたが、泉水と出逢い、これまで重ねてきた偽りの恋がいかに空しいものかを知ったのだ。泰雅が拘わった女たちとは所詮、身体を重ねたにすぎず、その心を知ろうと考えたことさえなかった。
 それが今は違う。泉水の考えていること、好きなもの―どんな食べ物が好きなのか、好きな花は何なのか、そのすべてを知っていたいと思う。我ながら恋を初めて知ったばかりの純情な少年のようで、みっともないと思うこともある。だが、馬鹿げていると思う異常に、心が泉水を強く求めていた。これまでの空疎な自分の生き方そのものをすべて否定してまで、この女一人を愛し守り抜きたい、泉水という女を知り、泰雅はそう思った。
 確かに自分は生まれ変わったのだ。もう一度この世に生を受けた赤子のように新しく生まれ変わり、泉水という女を得て別の人生を生き始めたのだ。刺激などなくても、穏やかな毎日が続いて、いつも彼の傍に泉水の笑顔があれば、ただそれだけで良い。これまで泰雅は何故、世の人々があのように何事も怒らぬ平凡な日々ばかりを望み、それを幸せと呼ぶのか理解できないでいた。
 だが、泉水を得てからは、そんな人の気持ちに自然と共感できる。愛する女がいて、大切に思う守りたい存在がある日々、惚れた女と共に過ごす穏やかな日常こそ、人が幸せと呼ぶものであるのだと。
 そして、これまでの良い加減な生き方しかできなかっ泰雅を変えてくれたのが泉水であった。

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