
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第28章 出家
それは、時橋から泉水に宛てた最後の手紙―遺書であった。時橋は名を弥子といい、泉水の生母貴美子の乳姉妹でもあり、時橋の母が貴美子の乳母を務めたという経緯があった。
几帳面な時橋らしく、きちんと折り畳んだ書状は更に紙に包まれていた。表の上書きには〝泉(せん)姫(ひめ)(泉水のまたの名)さま〟とあり、裏には〝時橋〟と流麗な手蹟で書かれていた。
泉水は時橋からの文を胸に抱きしめ号泣した。女主人のゆく末を最後まで案じながら、忠実無比な乳母は四十数年の生涯をひっそりと閉じた。泉水が誕生したその日から、常に影のように寄り添い、付き従ってきた乳母の死であった。
泉水はまた、かけがえのない大切な人を一人、失った。
