
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第29章 岐路(みち)
「庵主さま、蓮照にございます」
「お入りなさい」
内側から穏やかな声で促され、泉水は膝をついた姿勢で障子を開ける。そろそろ桜の蕾が開く季節にはなったが、山の上の夜はまだまだ冷える。光照の部屋にでは夜だけ手焙りを使っていた。
「夜分に申し訳ありませんね」
手焙りに両手をかざしていた光照が柔和な顔を向けた。
「何かご用でございますか」
泉水は障子を閉めて下座に座す。相変わらず、ふっくらとした面立ちの師僧の顔を見る。 光照が文机の上にあったものを取り上げ、泉水に差し出した。
どうやら、書状のようである。
「これは」
と、光照の顔を窺うと、光照が小さく頷いた。
「私に宛てて今朝、届いた文です」
「私などが拝見して、よろしいのですか」
なおも問うと、光照は頷いた。
「構いません。お読みなさい」
泉水は折り畳まれた書状を開いた。
「それでは拝見させて頂きます」
師に向かって一礼し、眼を通してゆく。
が、そこに記されている文を眼で追ってゆく中に、泉水の顔色が変わった。
「庵主さま、この文は―」
しまいまで読み終えた泉水の顔からは血の気が失せていた。
光照が淡く微笑した。
「この文をそなたに見せたということは、私の気持ちは判りますね、蓮照」
「さりながら、庵主さま」
言いかける泉水に、光照は穏やかな笑顔を向けている。
「私は、たとえどのように脅されようと、不当な圧力に屈するつもりは毛頭ありません。ましてや、可愛い弟子をむざとそのような卑怯者の許に差し出すつもりもありません」
柔和な笑顔とは裏腹に、光照の言葉は、きっぱりとしていて厳しかった。
泉水は愕然として、うつむいた。
光照に届いたという文は、あろうことか、江戸の榊原泰雅からであった。手紙は泰雅本人の直筆で、この度、月照庵で修行中の尼蓮照を当方に返して貰いたい旨が綴られていた。泰雅はこうも書いている。
万が一にも月照庵住持が蓮照を差し出さなかった場合、寺を取り潰すつもりだとも―。
「お入りなさい」
内側から穏やかな声で促され、泉水は膝をついた姿勢で障子を開ける。そろそろ桜の蕾が開く季節にはなったが、山の上の夜はまだまだ冷える。光照の部屋にでは夜だけ手焙りを使っていた。
「夜分に申し訳ありませんね」
手焙りに両手をかざしていた光照が柔和な顔を向けた。
「何かご用でございますか」
泉水は障子を閉めて下座に座す。相変わらず、ふっくらとした面立ちの師僧の顔を見る。 光照が文机の上にあったものを取り上げ、泉水に差し出した。
どうやら、書状のようである。
「これは」
と、光照の顔を窺うと、光照が小さく頷いた。
「私に宛てて今朝、届いた文です」
「私などが拝見して、よろしいのですか」
なおも問うと、光照は頷いた。
「構いません。お読みなさい」
泉水は折り畳まれた書状を開いた。
「それでは拝見させて頂きます」
師に向かって一礼し、眼を通してゆく。
が、そこに記されている文を眼で追ってゆく中に、泉水の顔色が変わった。
「庵主さま、この文は―」
しまいまで読み終えた泉水の顔からは血の気が失せていた。
光照が淡く微笑した。
「この文をそなたに見せたということは、私の気持ちは判りますね、蓮照」
「さりながら、庵主さま」
言いかける泉水に、光照は穏やかな笑顔を向けている。
「私は、たとえどのように脅されようと、不当な圧力に屈するつもりは毛頭ありません。ましてや、可愛い弟子をむざとそのような卑怯者の許に差し出すつもりもありません」
柔和な笑顔とは裏腹に、光照の言葉は、きっぱりとしていて厳しかった。
泉水は愕然として、うつむいた。
光照に届いたという文は、あろうことか、江戸の榊原泰雅からであった。手紙は泰雅本人の直筆で、この度、月照庵で修行中の尼蓮照を当方に返して貰いたい旨が綴られていた。泰雅はこうも書いている。
万が一にも月照庵住持が蓮照を差し出さなかった場合、寺を取り潰すつもりだとも―。
