
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第31章 反旗
「これは時橋より譲り受けし形見の品。この剣で死ぬることが叶えば、本望にございます」
泰雅の眉間に青筋が浮かび上がった。大抵の者であれば、ここまで泰雅の逆鱗に触れれば、すぐにひれ伏すものだが、泉水はいささかも動じなかった。もとより、我が身の生命なぞ惜しくはない。むしろ、ここで泰雅にひと想いに斬られれば、この世のすべての苦しみから解き放たれることができる。
失うものがないと思えば、いっそ気が楽で、どこまでも強くなれるような気がする。
「さ、どうぞ、お斬りなされませ」
もう一度促し、わずかに前へと膝をいざり勧める。その全く臆する風もない態度に、泰雅の整った顔がわずかに強ばった。それはよほど気をつけていなければ判らないような漣(さざなみ)ほどの変化ではあったけれど、泉水はその時、確かに見た。
美しい貌をよぎる複雑な感情を―。
泰雅は、かつてよく知っていた女のあまりの変わり様に烈しい驚愕と衝撃を受けていた。これが泰雅の顔色を窺い、怯えてばかりいた少女と同一人物とは思えず、今宵の泉水は泰雅の見たこともない見知らぬ女に見えた。
男とも対等に渡り合う、強くしたたかな女の一面を垣間見たのである。
その時、泰雅はハッとした。
―俺としたことが、まんまとこの女にしてやられたわ。
泰雅が尼姿の泉水と五年ぶりに再会したのは、ひと月ほども前のことになる。その折、泰雅はひと度は諦め、奥底に封じ込めようとしていた泉水への想いを再認識することになった。今度こそ、この女を離せないと思ったのだ。どのような手段を使っても、泉水を取り戻そうと決めた。
泰雅の眉間に青筋が浮かび上がった。大抵の者であれば、ここまで泰雅の逆鱗に触れれば、すぐにひれ伏すものだが、泉水はいささかも動じなかった。もとより、我が身の生命なぞ惜しくはない。むしろ、ここで泰雅にひと想いに斬られれば、この世のすべての苦しみから解き放たれることができる。
失うものがないと思えば、いっそ気が楽で、どこまでも強くなれるような気がする。
「さ、どうぞ、お斬りなされませ」
もう一度促し、わずかに前へと膝をいざり勧める。その全く臆する風もない態度に、泰雅の整った顔がわずかに強ばった。それはよほど気をつけていなければ判らないような漣(さざなみ)ほどの変化ではあったけれど、泉水はその時、確かに見た。
美しい貌をよぎる複雑な感情を―。
泰雅は、かつてよく知っていた女のあまりの変わり様に烈しい驚愕と衝撃を受けていた。これが泰雅の顔色を窺い、怯えてばかりいた少女と同一人物とは思えず、今宵の泉水は泰雅の見たこともない見知らぬ女に見えた。
男とも対等に渡り合う、強くしたたかな女の一面を垣間見たのである。
その時、泰雅はハッとした。
―俺としたことが、まんまとこの女にしてやられたわ。
泰雅が尼姿の泉水と五年ぶりに再会したのは、ひと月ほども前のことになる。その折、泰雅はひと度は諦め、奥底に封じ込めようとしていた泉水への想いを再認識することになった。今度こそ、この女を離せないと思ったのだ。どのような手段を使っても、泉水を取り戻そうと決めた。
