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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第31章 反旗

 泰雅の意に従わねば、月照庵を取り潰してやるとまで脅迫し、還俗させ江戸に連れ戻した。果たして、泉水は泰雅の意に逆らいきれなかった。泉水が大切な師匠や月照庵を犠牲にしてまで我が身を守ろうとするような女ではないことを、泰雅は誰より知っていた。
 だからこそ、泉水を再び手に入れるために泉水のその優しい気性を利用したのである。
 だが、どうだろう、泉水は今や泰雅自身がしたのと全く同じやり方で泰雅を脅迫しているではないか! 無体なふるまいに及ぶのであれば、生命を絶つと泰雅を脅かしている。
 かつて脅迫して還俗させ、連れ戻した泰雅に対して、同様に脅迫で復讐を挑んできたのだった。最早、眼の前の女は泰雅が知るあの泣いてばかりいた小娘ではない。この五年で泰雅が変わったように、泉水もまた泰雅の知らぬ女になったようであった。
 いや、多分、弱い生き物が身を守るすべを身につけたと言った方が良いのだろう。それは小動物がより強い獣から身を守るのにも似ている。そんな生きるしたたかさを身につけた泉水が、泰雅にはやはり見知らぬ女のように見えてならなかった。

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