
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第33章 儚い恋
兵庫之助と初めて出逢ったのも、ここ和泉橋のたもとであった。そう、何を隠そう、泰雅と初めてめぐり逢ったその日、いや、その瞬間、兵庫之助もその場に居合わせたのである。兵庫之助は泉水の父である勘定奉行槙野源太夫の配下勘定吟味役秋月隼人(はやと)正(しよう)の四男であった。当時、旗本の家に男子として生まれながらも、跡取りの嫡男ではないというだけの理由で一生冷や飯食いの飼い殺しで終わる者は多かった。
運良く婿入りの話でもあれば良いが、さもなければ、出世どころか、埋もれたままの身で終わるのが定めである。兵庫之助はそんな不遇をかこつ同じ次男坊、三男坊たちと共に徒党を組み、旗本奴となっていた。
旗本奴というのは、歌舞伎役者も顔負けの派手な着物を着て、町をのし歩く無頼の輩である。若い町娘に因縁をつけ、物陰に引っ張り込んで乱暴するは、お店者に肩をぶつけたと言っては金を強請りと、悪事に悪事を重ねた。町人にとっては迷惑極まりなき存在ではあったが、立場は仮にも天下の直参旗本の倅だけに、迂闊に手出しはできない。
そのため、彼等のやりたい放題にさせておくしかなく、余計にそれが旗本奴をのさばらせることになっていた。
六年前のあの日、泉水はたまたま若衆姿で江戸の町へ出ていた。この界隈を通りかかった時、秋月兵庫之助を頭とする旗本奴どもが女に乱暴しようとするのを見つけた。商家の内儀風のあだめいた中年増とその幼い倅を助けようと身の危険も顧みず飛び出ていったところ、逆に旗本奴たちに囲まれ、今度は泉水が物陰に連れ込まれそうになった。
そこに現れ、たちまち旗本奴たちを倒し、泉水や内儀たちを助けたのが泰雅―良人であった。
出逢いが出逢いだけに、兵庫之助に良い印象を抱いてはいなかった泉水ではあった。が、その二ヶ月後、泰雅と喧嘩をして屋敷を飛び出し、やはり、この和泉橋のたもとで物想いに沈んでいた時、思いがけず兵庫之助と再会を果たした。その時、兵庫之助が父の源太夫の部下の息子だと初めて知り、素顔の兵庫之助が存外に良い奴なのだと判った。
あの折、兵庫之助は夜道は危ないからと、泉水を槙野の屋敷の前まで送ってくれたのだ。
運良く婿入りの話でもあれば良いが、さもなければ、出世どころか、埋もれたままの身で終わるのが定めである。兵庫之助はそんな不遇をかこつ同じ次男坊、三男坊たちと共に徒党を組み、旗本奴となっていた。
旗本奴というのは、歌舞伎役者も顔負けの派手な着物を着て、町をのし歩く無頼の輩である。若い町娘に因縁をつけ、物陰に引っ張り込んで乱暴するは、お店者に肩をぶつけたと言っては金を強請りと、悪事に悪事を重ねた。町人にとっては迷惑極まりなき存在ではあったが、立場は仮にも天下の直参旗本の倅だけに、迂闊に手出しはできない。
そのため、彼等のやりたい放題にさせておくしかなく、余計にそれが旗本奴をのさばらせることになっていた。
六年前のあの日、泉水はたまたま若衆姿で江戸の町へ出ていた。この界隈を通りかかった時、秋月兵庫之助を頭とする旗本奴どもが女に乱暴しようとするのを見つけた。商家の内儀風のあだめいた中年増とその幼い倅を助けようと身の危険も顧みず飛び出ていったところ、逆に旗本奴たちに囲まれ、今度は泉水が物陰に連れ込まれそうになった。
そこに現れ、たちまち旗本奴たちを倒し、泉水や内儀たちを助けたのが泰雅―良人であった。
出逢いが出逢いだけに、兵庫之助に良い印象を抱いてはいなかった泉水ではあった。が、その二ヶ月後、泰雅と喧嘩をして屋敷を飛び出し、やはり、この和泉橋のたもとで物想いに沈んでいた時、思いがけず兵庫之助と再会を果たした。その時、兵庫之助が父の源太夫の部下の息子だと初めて知り、素顔の兵庫之助が存外に良い奴なのだと判った。
あの折、兵庫之助は夜道は危ないからと、泉水を槙野の屋敷の前まで送ってくれたのだ。
