
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第33章 儚い恋
と、自分の頭を人差し指でチョンチョンとつつく。ちなみに、泉水の父槙野源太夫の部下秋月隼人正を父とする息子たちは四人いる。兵庫之助はその末っ子で、長男の知矩(とものり)は早くから父隼人正と共にお役目に就いていた。隼人正は源太夫にとって有能な部下であり、嫡男の知矩もまた父に似て若い頃から俊敏さでは知られていた。
「だがな、頭は良くねえが、これでなかなかマメなんだぜ? 掃除洗濯、飯作りと何でもございだ。下手な女よりは、よほど料理なんぞはいけるんだ。―もっとも、普段から飯をこしらえてくれる嫁さんがいねえからな。つまりは、それだけ一人暮らしが長えってことになるが」
と、そこは心底情けなさそうな顔になるところが憎めない。
「ところで、一つだけ訊いても良いですか」
泉水が訊ねると、兵庫之助が真顔になった。
「ああ、何なりと訊いてくれ。俺で応えられることなら、ちゃんと正直に応える」
「兵庫之助さまは旗本奴は止められたのですか」
単刀直入に問われた兵庫之助は眼を丸くしていたが、やがて、声を上げて笑い出した。
「あんたって、つくづく面白い女。普通、そんなことを大真面目な顔で訊くか?」
泉水は兵庫之助の全身をじろじろと眺めた。今夜の兵庫之助は派手な着物は着ていない。質素ではあるが、ごく普通の武士のいでたちだ。
「あんな馬鹿げたことは、とっくに止めた。全っく、若気の至りっていう奴だろうな。今じゃア、思い出しただけでも恥ずかしくて、顔から本当に湯気が出そうになる」
兵庫之助は、照れ臭そうに頭をかいた。
「まあ、その間、大勢の人に迷惑をかけちまったがな。今は反省して、ほれ、このとおり、代書屋の真似事のようなことをして何とか暮らしていってるよ」
代書屋とは、読み書きのできぬ者、或いは字の下手な者に代わり、文や書面を書いてやる仕事である。地味な仕事ではあるが、秋月家の倅であれば、それ相応の教育は受けてはいるであろうゆえ、良いところに眼をつけたものだと思った。
「良かった」
泉水は心から安堵して、そう言った。
「兵庫之助さまは、あんなことをして平気でいるような人ではないと信じてたんです。いつか、眼が覚めて、本当の自分を取り戻すだろうって」
「だがな、頭は良くねえが、これでなかなかマメなんだぜ? 掃除洗濯、飯作りと何でもございだ。下手な女よりは、よほど料理なんぞはいけるんだ。―もっとも、普段から飯をこしらえてくれる嫁さんがいねえからな。つまりは、それだけ一人暮らしが長えってことになるが」
と、そこは心底情けなさそうな顔になるところが憎めない。
「ところで、一つだけ訊いても良いですか」
泉水が訊ねると、兵庫之助が真顔になった。
「ああ、何なりと訊いてくれ。俺で応えられることなら、ちゃんと正直に応える」
「兵庫之助さまは旗本奴は止められたのですか」
単刀直入に問われた兵庫之助は眼を丸くしていたが、やがて、声を上げて笑い出した。
「あんたって、つくづく面白い女。普通、そんなことを大真面目な顔で訊くか?」
泉水は兵庫之助の全身をじろじろと眺めた。今夜の兵庫之助は派手な着物は着ていない。質素ではあるが、ごく普通の武士のいでたちだ。
「あんな馬鹿げたことは、とっくに止めた。全っく、若気の至りっていう奴だろうな。今じゃア、思い出しただけでも恥ずかしくて、顔から本当に湯気が出そうになる」
兵庫之助は、照れ臭そうに頭をかいた。
「まあ、その間、大勢の人に迷惑をかけちまったがな。今は反省して、ほれ、このとおり、代書屋の真似事のようなことをして何とか暮らしていってるよ」
代書屋とは、読み書きのできぬ者、或いは字の下手な者に代わり、文や書面を書いてやる仕事である。地味な仕事ではあるが、秋月家の倅であれば、それ相応の教育は受けてはいるであろうゆえ、良いところに眼をつけたものだと思った。
「良かった」
泉水は心から安堵して、そう言った。
「兵庫之助さまは、あんなことをして平気でいるような人ではないと信じてたんです。いつか、眼が覚めて、本当の自分を取り戻すだろうって」
