
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第4章 《新たな始まり》
そう、これまでと何も変わらない。この家に嫁いできたのは今年の如月の半ばのこと、それから泰雅と心通わせる日まで、泉水は実家にいた頃と似たような気軽な日々を過ごしていた。好きな漢籍を読みふけり、飽きれば庭に出て樹登りをした。蒼い空を見上げれば、良人に振り向かれぬことなぞ何ほどのこともないと思い、だからこそ、このような思うが儘の生活ができるのだといっそせいせいした想いになった。
今度もそうすれば良い。庭の樹に登って空を見て、泰雅のことなぞきれいに忘れれば良い。そして、槙野の家にいた頃のように、好きなことをして気楽に一人で過ごせば良い。
こっそりと屋敷を抜け出すことも泰雅に固く禁じられていたけれど、またお忍びで町中に出かけることだってできるはず。
泉水はこれからの心浮き立つ出来事を指を数えて考えてみる。しかし、そのどれもが一向に気分を引き立ててはくれない。
二人で過ごす愉しさを知ってしまった泉水は、もしかしたら、一人の時間を愉しむ方法を永遠に見つけられなくなってしまったのかもしれない。
泰雅が変えたのだ。泰雅が、泉水を変えてしまった。
「こんなのって酷いじゃない。何でも二人で見てこそ愉しいんだ幸せだってさんざん教えて思い知らせておいて、今になって一人ぼっちにするなんて」
泉水は大粒の涙を零した。
あんな女たらしなんか、もう知るものか。
思えば、泰雅は女好きは評判であった。だからこそ、あれほどの英邁で前途有望な若者でありながらも、なかなか嫁の来手がなかったのだ。
泰雅は槙野の家にひとたびは逃げ帰った泉水に誓ったはずである。
―これからの生涯、泉水一人だけを守って大切にするよ。
だが、そんなに容易く浮気癖が直るはずがないのだ。あのような科白をあっさりと信じる泉水の方がどうかしている―よほどのお人好しか世間知らず、もしくは泰雅に惚れた弱みだったのだろう。泰雅のように女の扱いに慣れた男ならば、泉水のようなおぼこな娘を騙すなぞ朝飯前に相違ない。夢中にさせ骨抜きにしておいて、飽きればボロ雑巾か何かのように無情に捨て去るのだろう。
一生泉水一人を守るといったあの言葉も所詮は泉水を我が物にするための甘言だったのではと勘ぐりたくもなる。
今度もそうすれば良い。庭の樹に登って空を見て、泰雅のことなぞきれいに忘れれば良い。そして、槙野の家にいた頃のように、好きなことをして気楽に一人で過ごせば良い。
こっそりと屋敷を抜け出すことも泰雅に固く禁じられていたけれど、またお忍びで町中に出かけることだってできるはず。
泉水はこれからの心浮き立つ出来事を指を数えて考えてみる。しかし、そのどれもが一向に気分を引き立ててはくれない。
二人で過ごす愉しさを知ってしまった泉水は、もしかしたら、一人の時間を愉しむ方法を永遠に見つけられなくなってしまったのかもしれない。
泰雅が変えたのだ。泰雅が、泉水を変えてしまった。
「こんなのって酷いじゃない。何でも二人で見てこそ愉しいんだ幸せだってさんざん教えて思い知らせておいて、今になって一人ぼっちにするなんて」
泉水は大粒の涙を零した。
あんな女たらしなんか、もう知るものか。
思えば、泰雅は女好きは評判であった。だからこそ、あれほどの英邁で前途有望な若者でありながらも、なかなか嫁の来手がなかったのだ。
泰雅は槙野の家にひとたびは逃げ帰った泉水に誓ったはずである。
―これからの生涯、泉水一人だけを守って大切にするよ。
だが、そんなに容易く浮気癖が直るはずがないのだ。あのような科白をあっさりと信じる泉水の方がどうかしている―よほどのお人好しか世間知らず、もしくは泰雅に惚れた弱みだったのだろう。泰雅のように女の扱いに慣れた男ならば、泉水のようなおぼこな娘を騙すなぞ朝飯前に相違ない。夢中にさせ骨抜きにしておいて、飽きればボロ雑巾か何かのように無情に捨て去るのだろう。
一生泉水一人を守るといったあの言葉も所詮は泉水を我が物にするための甘言だったのではと勘ぐりたくもなる。
