胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第4章 《新たな始まり》
あんな女たらしの、ろくでなしなんか。
そう思って、心の中で思い切り悪態をついてみる。そられは多分、時橋が聞けば、柳眉を逆立てて怒るほどに下品なおよそ良家の子女、もしくは武家の奥方が口にする罵り言葉ではない。
ありとあらゆる言葉を並べ立てて泰雅を非難してみても、心はいっかな晴れない。むしろ、どんどん落ち込んでゆくばかりだ。
何しろ、当の泉水がそのどうしようもないろくでなしに逢いたいのだから、どうしようもない。
泰雅の顔が見たかった。あんな男に泉水はどうしようもないほどに惚れている。泉水は淋しさと絶望のどん底にいた。泣いている中に、いつしか眠りに落ちたらしい。
襖一枚隔てた向こう側では、時橋が一睡もせずに泉水の様子を見守っていた。そのことを泉水は知らない。
江戸の夜は更け、東の空の端がしらじらと明ける刻限となった。有明の月が浮かんでいる空の下、榊原家の門がにわかに慌ただしくなった。泰雅が漸く帰館したのはその頃であった。泰雅の顔には疲労の色が濃く滲んでおり、帰るなり、しばらく眠るとだけ言って表の自室に籠もった。
泰雅が帰ってきていっとき、屋敷は騒然とした雰囲気に包まれたが、後は何事もなかったかのように静まり返った。
朝早い蜆売りの姿が屋敷の前の小路を通り過ぎ、和泉橋を渡って町人町の方へと消えてゆく。江戸の町はまだ夜の名残の中に横たわっていた。
そう思って、心の中で思い切り悪態をついてみる。そられは多分、時橋が聞けば、柳眉を逆立てて怒るほどに下品なおよそ良家の子女、もしくは武家の奥方が口にする罵り言葉ではない。
ありとあらゆる言葉を並べ立てて泰雅を非難してみても、心はいっかな晴れない。むしろ、どんどん落ち込んでゆくばかりだ。
何しろ、当の泉水がそのどうしようもないろくでなしに逢いたいのだから、どうしようもない。
泰雅の顔が見たかった。あんな男に泉水はどうしようもないほどに惚れている。泉水は淋しさと絶望のどん底にいた。泣いている中に、いつしか眠りに落ちたらしい。
襖一枚隔てた向こう側では、時橋が一睡もせずに泉水の様子を見守っていた。そのことを泉水は知らない。
江戸の夜は更け、東の空の端がしらじらと明ける刻限となった。有明の月が浮かんでいる空の下、榊原家の門がにわかに慌ただしくなった。泰雅が漸く帰館したのはその頃であった。泰雅の顔には疲労の色が濃く滲んでおり、帰るなり、しばらく眠るとだけ言って表の自室に籠もった。
泰雅が帰ってきていっとき、屋敷は騒然とした雰囲気に包まれたが、後は何事もなかったかのように静まり返った。
朝早い蜆売りの姿が屋敷の前の小路を通り過ぎ、和泉橋を渡って町人町の方へと消えてゆく。江戸の町はまだ夜の名残の中に横たわっていた。