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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第33章 儚い恋

 からかうように言われ、泉水は兵庫之助を軽く睨む。
「本当にひどいお人。そうやって、いつも私を子ども扱いしてばかり」
 泉水はそう言ってから、つと兵庫之助を見た。
「でも、良いのです。子どものような女でもお側に居ても良いと言って下さるお方がおられますから」
「―泉水」
 兵庫之助の眼が愕いたように見開かれる。
 刹那、泉水の華奢な身体は、兵庫之助の逞しい腕に包み込まれていた。
「可愛いことを言うな、泉水は」
 兵庫之助が耳許で囁くと、泉水は強く抱き寄せられるままに、その広い胸に顔を埋めた。
 規則正しい鼓動が耳を通して伝わってくる。それは、愛しい男が確かに生きている証でもあった。
 やっと掴んだ幸せだった。それでも、時折、我が身が兵庫之助にどれほどの苦痛を強いているのかと思うと、やり切れないことがある。
 いつだったか、二人枕を並べて眠る夜、兵庫之助が幾度も床の中で寝返りを打っていた。いつもなら、すぐに眠りに落ちる兵庫之助にしては珍しいことだと思い、泉水はハッとしたのだ。
 健康な若い男が眠れない原因は、一つしか考えられなかった。その時、泉水は、自分でも信じられない大胆な行動に出た。傍らの兵庫之助の布団にそっと身をすべらせたのである。最初、兵庫之助は随分と愕いたようだった。
―抱いて下さい。
 そのひと言を口にするのには勇気が言ったし、淫らに男を誘ったことなど初めての経験だった。
 短い沈黙の後、兵庫之助が泉水をそっと引き寄せた。だが、結局、それだけだった。これから起こるであろうことを想像して、恐怖に身を強ばらせる泉水を兵庫之助は抱きしめ、その髪に顔を埋めながら言った。
―無理をする必要はない。俺は自分で望んで、お前と生きる道を選んだんだ。一時の感情で結ばれて、その挙げ句、お前を永遠に失うよりは、少々の我慢をしても、お前とずっと一緒にいられる方が幸せなんだ。
 その言葉に、泉水は涙を零した。その夜は、二人、寄り添い合って朝まで過ごした。何をするわけでもない、ただ抱き合って一つ床の中で眠るだけである。しかし、惚れた男の腕に抱かれて、泉水は幸福そのものであった。

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