
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第34章 涙
ただ苦痛を与えるだけしかでしかない、禍をもたらすだけでしかない存在。それが、女にとっての男の存在意味なのだろう。もう大分前から判っていた。どれだけ追いかけても、いや、追いかければ追いかけるほどに、怯え逃げてゆく。
この恋は諦めるしかないのだと、理性では判っていても、心が、身体が女を求めていた。
女への想いは諦めるには、あまりにも一途で深く烈しすぎた。恐らく、この燃え盛る恋情が消えるとすれば、我が生命がまた尽きるときでしかない。この想いを消すには、自分が消滅するしかない。男は漸く気付いていた。
だから、我が生命が消えるまで、この想いを抱えて悶々と生きてゆかねばならない。それは、地獄の業火に生きながら焼かれるに等しい、辛い日々であった。
―俺はお前をけして許さぬ。お前の心を奪った憎い男を許さぬ。
哀しみを越えた憎悪が、真っ暗い闇になって男の心を蝕んでいた。その憎悪は酒の毒と同様、男の身体を根から蝕み、冒している。女を憎み始めたときから、男の中に闇が生まれた。その闇はゆっくりとひろがり、今や男の中で大きく巣喰っている。
心の闇に冒されて悪鬼となり果てた男の身体は既に病という取り返しのつかぬ魔物に食い荒らされているのだ。その魔物は男の全身を喰らい尽くし、とどまるところを知らない。
黒いねっとりとした瘴気のようなものが男の全身を取り巻いているようにさえ見える。
「そなたの大切なものを奪ってやる」
女が惚れている男を奪うことこそが、何よりの女への懲らしめとなり、見せしめとなろう。
男はまた空になった盃を片手に握りしめたまま、地を這うような声で呟く。ふと思い出したように、銚子を傾け盃を満たす。それをひと息でグイと煽り、さも満足げに頷いた。
「そう、それが良い。いかにしても靡かず、我が手にも入らぬというのであれば、いっそこの身をそなたの憎しみの焔で灼かれた方が良い」
男を見つめる女の眼には、いつも怯えがあった。あのような眼で見つめられるほどならば、いっそのこと、とことん憎まれた方が良い。疎まれ嫌われ、顔を背けて逃げられるよりは、真正面からあの女に堂々と見つめられ、憎まれていた方がまだ良い。
―たとえ憎んでも良いから、俺を見てくれ。顔を背けて逃げようとせせずに、俺を真正面から見つめて欲しい。
この恋は諦めるしかないのだと、理性では判っていても、心が、身体が女を求めていた。
女への想いは諦めるには、あまりにも一途で深く烈しすぎた。恐らく、この燃え盛る恋情が消えるとすれば、我が生命がまた尽きるときでしかない。この想いを消すには、自分が消滅するしかない。男は漸く気付いていた。
だから、我が生命が消えるまで、この想いを抱えて悶々と生きてゆかねばならない。それは、地獄の業火に生きながら焼かれるに等しい、辛い日々であった。
―俺はお前をけして許さぬ。お前の心を奪った憎い男を許さぬ。
哀しみを越えた憎悪が、真っ暗い闇になって男の心を蝕んでいた。その憎悪は酒の毒と同様、男の身体を根から蝕み、冒している。女を憎み始めたときから、男の中に闇が生まれた。その闇はゆっくりとひろがり、今や男の中で大きく巣喰っている。
心の闇に冒されて悪鬼となり果てた男の身体は既に病という取り返しのつかぬ魔物に食い荒らされているのだ。その魔物は男の全身を喰らい尽くし、とどまるところを知らない。
黒いねっとりとした瘴気のようなものが男の全身を取り巻いているようにさえ見える。
「そなたの大切なものを奪ってやる」
女が惚れている男を奪うことこそが、何よりの女への懲らしめとなり、見せしめとなろう。
男はまた空になった盃を片手に握りしめたまま、地を這うような声で呟く。ふと思い出したように、銚子を傾け盃を満たす。それをひと息でグイと煽り、さも満足げに頷いた。
「そう、それが良い。いかにしても靡かず、我が手にも入らぬというのであれば、いっそこの身をそなたの憎しみの焔で灼かれた方が良い」
男を見つめる女の眼には、いつも怯えがあった。あのような眼で見つめられるほどならば、いっそのこと、とことん憎まれた方が良い。疎まれ嫌われ、顔を背けて逃げられるよりは、真正面からあの女に堂々と見つめられ、憎まれていた方がまだ良い。
―たとえ憎んでも良いから、俺を見てくれ。顔を背けて逃げようとせせずに、俺を真正面から見つめて欲しい。
