
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第34章 涙
あの夢を見るようになったのは、数日前からのことだ。何かに追いかけられる夢―、振り返っても、その正体は判じ得なかった。大きな闇が凝ったような怪物、黒い巨大な魔物だとしか言いようがなかった。その黒い怪物に追いかけられ、呑み込まれる夢に、もうかれこれ数日続けて、うなされている。
あまりにもうなされる泉水を見て、見かねた兵庫之助に起こされたことも一度や二度ではない。あれほど烈しい口づけを兵庫之助と交わした後ですら、昨夜も一度は、あの悪夢にうなされ目覚めたほどであった。
あの夢は一体、何を意味しているのか。ただの他愛ない夢であればそれで良いのだが、万が一、兵庫之助の身に何かあるのだとしたら―、そう考えただけで、泉水は不安に叫び出しそうになる。今の泉水にとって、兵庫之助はすべてであると言っても過言ではない。
万が一、兵庫之助を失うようなことにでもなったら。泉水はもう生きてはゆけないかもしれない。兵庫之助は、泉水にとって新たな人生を生き直すための支えであり、己れが生きる意味そのものでもあった。たった三月ほどの間に、泉水にとって、兵庫之助はそれほどの意味と価値を持つ、かけがえなき存在となったのである。
泉水は己れの胸をよぎる不吉な予感を慌てて打ち消した。家に戻ってから、泉水はボウとして刻を過ごした。まだ頼まれた仕立物が出来上がってはいないのは判っていたけれど、到底、こんな不安を抱えたまま何をする気にもなれなかった。一度は針と糸を持ってみたものの、やはり溜息ばかりついて、ふと我に返れば、ぼんやりとあらぬ方を見つめている自分に気付き、これは仕事にはならないと今日は内職を続けることを諦めた。
兵庫之助の無事な姿を見れば、また仕事もはかどるだろう。午前中にできなかった分は夜なべしてでも取り戻せば良い。そう思ってみたが、胸の不安は消えず、逆に暗雲が大きくなってゆくように膨らんでいった。
午前中が過ぎ、昼になっても、兵庫之助は戻らなかった。確かに家を出るときは、昼には帰ると言ったはずだ。昼飯の時間を過ぎ、秋の陽が傾く頃になっても、まだ帰らない。
我が身の得体の知れぬ不安が現実のものとなったのだ。泉水は慄然とした。
あまりにもうなされる泉水を見て、見かねた兵庫之助に起こされたことも一度や二度ではない。あれほど烈しい口づけを兵庫之助と交わした後ですら、昨夜も一度は、あの悪夢にうなされ目覚めたほどであった。
あの夢は一体、何を意味しているのか。ただの他愛ない夢であればそれで良いのだが、万が一、兵庫之助の身に何かあるのだとしたら―、そう考えただけで、泉水は不安に叫び出しそうになる。今の泉水にとって、兵庫之助はすべてであると言っても過言ではない。
万が一、兵庫之助を失うようなことにでもなったら。泉水はもう生きてはゆけないかもしれない。兵庫之助は、泉水にとって新たな人生を生き直すための支えであり、己れが生きる意味そのものでもあった。たった三月ほどの間に、泉水にとって、兵庫之助はそれほどの意味と価値を持つ、かけがえなき存在となったのである。
泉水は己れの胸をよぎる不吉な予感を慌てて打ち消した。家に戻ってから、泉水はボウとして刻を過ごした。まだ頼まれた仕立物が出来上がってはいないのは判っていたけれど、到底、こんな不安を抱えたまま何をする気にもなれなかった。一度は針と糸を持ってみたものの、やはり溜息ばかりついて、ふと我に返れば、ぼんやりとあらぬ方を見つめている自分に気付き、これは仕事にはならないと今日は内職を続けることを諦めた。
兵庫之助の無事な姿を見れば、また仕事もはかどるだろう。午前中にできなかった分は夜なべしてでも取り戻せば良い。そう思ってみたが、胸の不安は消えず、逆に暗雲が大きくなってゆくように膨らんでいった。
午前中が過ぎ、昼になっても、兵庫之助は戻らなかった。確かに家を出るときは、昼には帰ると言ったはずだ。昼飯の時間を過ぎ、秋の陽が傾く頃になっても、まだ帰らない。
我が身の得体の知れぬ不安が現実のものとなったのだ。泉水は慄然とした。
