
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第34章 涙
「真上から袈裟掛けにして、ここをばっさりとひと突きで貫いてます。恐らく致命傷は心臓をぶすりとやられた疵でしょう、即死に近い状態であったと思われます。ただ、気になるのは、その他の疵でしてね。これだけの凄腕となりゃア、下手人の方も一撃で秋月さまが絶命したと判りそうなものを、致命傷を与えた後も、何度も刀を振り下ろしているんでさア。まァ、その、あんまり奥方には言いたくはねえが、鱠のように切り刻んでるってわけで。これでもか、かれでもかと言わんばかりに、何度も秋月さまを斬った跡がありやす。あっしが思うに、こいつは相当に深い怨恨絡みのものだとしか思えませんや。無抵抗の、しかも既に事切れた人間をここまで滅多切りにするってえのは、あっしも長え間十手を預かってきましたが、あんまり見たことがありやせん」
「下手人は、既に息絶えた兵庫之助さまを滅多切りにしたと―」
泉水の眼に涙が溢れた。
「奥方、あっしも今、無性にやり切れねえ気持ちです。殺しに変わりはねえが、それにしても、やり方が尋常じゃねえ。鬼でもこれだけ酷え仕業はしねえだろうと思いやすよ。あっしが必ず憎い咎人を上げてご覧にいれやすから、どうか、くれぐれも早まった真似だけはなさらねえで下せえ」
勘七はそう言うと、頭を下げて去っていった。兵庫之助の亡骸が発見されたのは夕刻であったという。死亡推定時刻は昼前、見つかった場所は、和泉橋のほとり、この長屋からもほど近い人気のないところであった。昼間とてなお深閑としたこの辺りは、普段から人通りも殆どないのだ。どうやら、兵庫之助は長屋の近くまで帰ってきたところ、後ろからばっさりと一撃で仕留められたと見えた。
既に番所で検死もひととおり終わり、亡骸は引き取っても構わないということであった。今朝、笑顔でいつものように出ていった兵庫之助はたった一日足らずの間で変わり果てた姿となり、無言の帰宅を果たしたのであった―。
「ああ、そうそう。仏さんが最後まで手放さなかった物がありやした」
引き取る間際、勘七が思い出したように懐から取り出したものは―。
泉水が今朝、家を出る良人に手渡した守袋であった。
「下手人は、既に息絶えた兵庫之助さまを滅多切りにしたと―」
泉水の眼に涙が溢れた。
「奥方、あっしも今、無性にやり切れねえ気持ちです。殺しに変わりはねえが、それにしても、やり方が尋常じゃねえ。鬼でもこれだけ酷え仕業はしねえだろうと思いやすよ。あっしが必ず憎い咎人を上げてご覧にいれやすから、どうか、くれぐれも早まった真似だけはなさらねえで下せえ」
勘七はそう言うと、頭を下げて去っていった。兵庫之助の亡骸が発見されたのは夕刻であったという。死亡推定時刻は昼前、見つかった場所は、和泉橋のほとり、この長屋からもほど近い人気のないところであった。昼間とてなお深閑としたこの辺りは、普段から人通りも殆どないのだ。どうやら、兵庫之助は長屋の近くまで帰ってきたところ、後ろからばっさりと一撃で仕留められたと見えた。
既に番所で検死もひととおり終わり、亡骸は引き取っても構わないということであった。今朝、笑顔でいつものように出ていった兵庫之助はたった一日足らずの間で変わり果てた姿となり、無言の帰宅を果たしたのであった―。
「ああ、そうそう。仏さんが最後まで手放さなかった物がありやした」
引き取る間際、勘七が思い出したように懐から取り出したものは―。
泉水が今朝、家を出る良人に手渡した守袋であった。
