
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第35章 哀しみの果て
その言葉は、泉水の心を深く抉った。かつて我が身の身代わりとして泰雅に差し出したのも同然の少女千紗。その少女が葉月の中頃、儚くなったという。千紗が亡くなったのは、恐らくは泰雅が泉水と兵庫之助の暮らす裏店を訪れた少し後に相違ない。
美倻の話では、お千紗の懐妊が判明したのは七月の終わりであったという。既に四ヵ月に入っており、それまで悪阻と思われる体調不良などを訴えていたのだが、泰雅は毎夜の夜伽をさせていた。そのことが、お千紗の身体を余計に衰弱させることになった。
ある日、お千紗が大量の出血をし、倒れた。そのことで、侍医が呼ばれ、懐妊が明らかになったのである。以後は奥向きで療養生活を送ったが、その甲斐もなく、弱り切ったお千紗は腹に泰雅の子を宿したまま十五歳の生命を散らした。
お千紗が亡くなったという事実は、泉水を打ちのめした。
―あのいたいけな娘を自分が殺したのだ。
罪の意識は、いかにしても消えない。あの時、泰雅の意のままに泉水が閨に侍っていれば、お千紗を身代わりにすることさえなければ。
お千紗は今頃、惚れた男の女房となり、幸せに暮らしていただろう。一人の娘の未来を、希望を、そして生命までをも―自分は奪った。 泰雅の側室となっても、まだしも、あの娘が幸せでいてくれれば、泉水は良心の呵責に悩むこともなかった。だが、現実として、お千紗は死んだ。泉水は一生、消えることのない罪を背負って生きてゆかなければならない。
泰雅は愛妾の死にもいささかも悲嘆に暮れることもなく、動じることもなかった。懐妊が判ったときでさえ、歓びの表情一つ見せず、夜伽が叶わなくなってからのお千紗は完全に寵を失った状態であった。自分の子を宿したために悪阻で苦しむお千紗を一度として見舞おうとすらしなかった。
―殿にお逢いしたい。殿に、殿にひとめお逢いしたい。
お千紗は最後までうわ言のように呟き続けていた。いつしか泰雅を愛するようになっていたお千紗は、不実な男をそれでも恋い慕いながら失意の中に亡くなったという。
「お方さま、また、あの事をお考えになられているのでございますか」
背後で気遣うような声が遠慮がちに聞こえてくる。
美倻の話では、お千紗の懐妊が判明したのは七月の終わりであったという。既に四ヵ月に入っており、それまで悪阻と思われる体調不良などを訴えていたのだが、泰雅は毎夜の夜伽をさせていた。そのことが、お千紗の身体を余計に衰弱させることになった。
ある日、お千紗が大量の出血をし、倒れた。そのことで、侍医が呼ばれ、懐妊が明らかになったのである。以後は奥向きで療養生活を送ったが、その甲斐もなく、弱り切ったお千紗は腹に泰雅の子を宿したまま十五歳の生命を散らした。
お千紗が亡くなったという事実は、泉水を打ちのめした。
―あのいたいけな娘を自分が殺したのだ。
罪の意識は、いかにしても消えない。あの時、泰雅の意のままに泉水が閨に侍っていれば、お千紗を身代わりにすることさえなければ。
お千紗は今頃、惚れた男の女房となり、幸せに暮らしていただろう。一人の娘の未来を、希望を、そして生命までをも―自分は奪った。 泰雅の側室となっても、まだしも、あの娘が幸せでいてくれれば、泉水は良心の呵責に悩むこともなかった。だが、現実として、お千紗は死んだ。泉水は一生、消えることのない罪を背負って生きてゆかなければならない。
泰雅は愛妾の死にもいささかも悲嘆に暮れることもなく、動じることもなかった。懐妊が判ったときでさえ、歓びの表情一つ見せず、夜伽が叶わなくなってからのお千紗は完全に寵を失った状態であった。自分の子を宿したために悪阻で苦しむお千紗を一度として見舞おうとすらしなかった。
―殿にお逢いしたい。殿に、殿にひとめお逢いしたい。
お千紗は最後までうわ言のように呟き続けていた。いつしか泰雅を愛するようになっていたお千紗は、不実な男をそれでも恋い慕いながら失意の中に亡くなったという。
「お方さま、また、あの事をお考えになられているのでございますか」
背後で気遣うような声が遠慮がちに聞こえてくる。
