
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第35章 哀しみの果て
「私は罪深い女子ですね、美倻」
泉水は庭に茫漠とした視線を投げたまま、呟いた。その口調は、いつになく投げやりだ。いや、三月ぶりに帰ってきたこの美しい奥方は、以前とはどこか微妙に違う。そのことに、勘の良い美倻は、とうに気付いていた。
以前の泉水なら、こんな自棄のような物言いは滅多にしなかった。それが、今の泉水は終始、どこか捨て鉢な―何もかもが投げやりなような印象を受ける。月光のような美しさは更に磨きがかかり、女の美倻でさえ、こうして間近で見ていればハッと心動かされるほどだ。泰雅が片時も離さぬほど寵愛するのも頷けはする。
が、外見の美しさとは別に、何かがこの奥方の中で変わった。果たして、その変化が何なのかまでは美倻にも判じ得なかったけれど、以前の泉水にはなかったある種独特の雰囲気―判り易くいえば、それば投げやりな態度のように見える―がこの美貌の女人を取り巻いている。
「酷い言い方ではございますが、お千紗さまの御事は致し方ないのではございませんでしょうか。折角、殿の御子を授かられながら、あのように儚くなってしまわれたのはご不幸としか言いようはございませんけれど、それもまたお千紗さまの運命であったのやもしれませぬ。ましてや、お千紗さまがお亡くなりあそばされたのは、お方さまがお留守中の出来事、お方さまに罪など、ありようはずもございませぬ。あまりお気に病まれますな」
自分が罪深いのだと言う科白は、どうやら美倻には理解し切れてはいないようだ。いや、それで良い。お千紗を死なせてしまった罪だけではなく、泉水はこれから更にもっと深い罪を重ねようとしている。その〝罪〟がそも何なのか、たとえ腹心の美倻にでさえ、今はまだそれを知られてはならない。
確かに、お千紗の死は、ある意味では仕方ないといえるだろう。美倻の言葉どおり、泰雅の側室となって以後、泉水とお千紗の接点は全くなかった。屋敷内でも、ほんの一、二度廊下ですれ違ったことがある程度だ。
その折、殿さまの寵愛第一の愛妾であるという自負からか、お千紗は正室の泉水に先を譲るでもなく、堂々と大勢の侍女を引き連れ、軽く会釈しただけで眼前を通り過ぎていった。泰雅の愛にあまり驕ることはないと周囲から云われていたお千紗ではあったが、そのような軽挙な態度には、お千紗の思慮のなさが透けて見えていた。
泉水は庭に茫漠とした視線を投げたまま、呟いた。その口調は、いつになく投げやりだ。いや、三月ぶりに帰ってきたこの美しい奥方は、以前とはどこか微妙に違う。そのことに、勘の良い美倻は、とうに気付いていた。
以前の泉水なら、こんな自棄のような物言いは滅多にしなかった。それが、今の泉水は終始、どこか捨て鉢な―何もかもが投げやりなような印象を受ける。月光のような美しさは更に磨きがかかり、女の美倻でさえ、こうして間近で見ていればハッと心動かされるほどだ。泰雅が片時も離さぬほど寵愛するのも頷けはする。
が、外見の美しさとは別に、何かがこの奥方の中で変わった。果たして、その変化が何なのかまでは美倻にも判じ得なかったけれど、以前の泉水にはなかったある種独特の雰囲気―判り易くいえば、それば投げやりな態度のように見える―がこの美貌の女人を取り巻いている。
「酷い言い方ではございますが、お千紗さまの御事は致し方ないのではございませんでしょうか。折角、殿の御子を授かられながら、あのように儚くなってしまわれたのはご不幸としか言いようはございませんけれど、それもまたお千紗さまの運命であったのやもしれませぬ。ましてや、お千紗さまがお亡くなりあそばされたのは、お方さまがお留守中の出来事、お方さまに罪など、ありようはずもございませぬ。あまりお気に病まれますな」
自分が罪深いのだと言う科白は、どうやら美倻には理解し切れてはいないようだ。いや、それで良い。お千紗を死なせてしまった罪だけではなく、泉水はこれから更にもっと深い罪を重ねようとしている。その〝罪〟がそも何なのか、たとえ腹心の美倻にでさえ、今はまだそれを知られてはならない。
確かに、お千紗の死は、ある意味では仕方ないといえるだろう。美倻の言葉どおり、泰雅の側室となって以後、泉水とお千紗の接点は全くなかった。屋敷内でも、ほんの一、二度廊下ですれ違ったことがある程度だ。
その折、殿さまの寵愛第一の愛妾であるという自負からか、お千紗は正室の泉水に先を譲るでもなく、堂々と大勢の侍女を引き連れ、軽く会釈しただけで眼前を通り過ぎていった。泰雅の愛にあまり驕ることはないと周囲から云われていたお千紗ではあったが、そのような軽挙な態度には、お千紗の思慮のなさが透けて見えていた。
