
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第35章 哀しみの果て
顔を覗き込んで諭すと、黎次郎は健気にも頷いた。その大きな眼が涙で一杯になっている。折角逢えた母親と離れがたいその気持ちは泉水とて同じであった。
「また、お逢いして下さいますか?」
涙を溢れさせながら、黎次郎は問う。
「もちろんですとも。同じ屋敷に暮らしているのです。互いに逢う気になれば、いつでも逢えますよ」
「じゃあ、約束して下さい」
黎次郎が小さな手を差し出す。
泉水も胸が熱くなった。
「げんまん」
そう言って黎次郎の小さな小指に、自分の指を絡める。
「判りました、母上さまがお約束して下さったゆえ、黎次郎はもう泣きませぬ。今日は表に帰りまする」
黎次郎は元気よく言うと、泉水に向かってペコリと頭を下げた。勢いよく駆け出した刹那、立ち止まり振り返る。
「母上さま、きっとですよ。約束をお忘れにならないで下さいね?」
愛らしい声で念を押し、黎次郎は今度はもう振り返らずに茂みの向こうへと走り去っていった。
「行ってしまった―」
黎次郎の姿が見えなくなった後、泉水は気が抜けたように、その場にくずおれた。
「もう少し頻繁にお逢いになられればよろしいのではございませぬか」
後ろから美倻が控えめに言う。
泉水は、それには応えず、ただ黙って桔梗の花を見つめていた。黎次郎の言うとおり、あの小さな蜻蛉が道案内となって縁薄い母子を引き合わせてくれたようにも思える。
蜻蛉もいなくなった庭は、桔梗の花が秋風に揺れているのが随分と淋しげに見えた。
別に泰雅は泉水が黎次郎と対面するのを止めているわけではない。逢おうと思えば、いつでも対面はできるのだ。だが、泉水には我が子に逢えぬ泉水なりの理由があった。
自分は、あのいとけなき子からたった一人の父親を奪おうとしている。今日、成長した黎次郎を見、しみじみと思った。自分が腹を痛めて生んだ子は、紛れもなくあの男の子だ、と。自分にとっては憎い仇でも、黎次郎にとっては頼るべき大好きな父親に相違あるまい。その父親の生命を奪おうとする自分を、あの子が許してくれるだろうか。
「また、お逢いして下さいますか?」
涙を溢れさせながら、黎次郎は問う。
「もちろんですとも。同じ屋敷に暮らしているのです。互いに逢う気になれば、いつでも逢えますよ」
「じゃあ、約束して下さい」
黎次郎が小さな手を差し出す。
泉水も胸が熱くなった。
「げんまん」
そう言って黎次郎の小さな小指に、自分の指を絡める。
「判りました、母上さまがお約束して下さったゆえ、黎次郎はもう泣きませぬ。今日は表に帰りまする」
黎次郎は元気よく言うと、泉水に向かってペコリと頭を下げた。勢いよく駆け出した刹那、立ち止まり振り返る。
「母上さま、きっとですよ。約束をお忘れにならないで下さいね?」
愛らしい声で念を押し、黎次郎は今度はもう振り返らずに茂みの向こうへと走り去っていった。
「行ってしまった―」
黎次郎の姿が見えなくなった後、泉水は気が抜けたように、その場にくずおれた。
「もう少し頻繁にお逢いになられればよろしいのではございませぬか」
後ろから美倻が控えめに言う。
泉水は、それには応えず、ただ黙って桔梗の花を見つめていた。黎次郎の言うとおり、あの小さな蜻蛉が道案内となって縁薄い母子を引き合わせてくれたようにも思える。
蜻蛉もいなくなった庭は、桔梗の花が秋風に揺れているのが随分と淋しげに見えた。
別に泰雅は泉水が黎次郎と対面するのを止めているわけではない。逢おうと思えば、いつでも対面はできるのだ。だが、泉水には我が子に逢えぬ泉水なりの理由があった。
自分は、あのいとけなき子からたった一人の父親を奪おうとしている。今日、成長した黎次郎を見、しみじみと思った。自分が腹を痛めて生んだ子は、紛れもなくあの男の子だ、と。自分にとっては憎い仇でも、黎次郎にとっては頼るべき大好きな父親に相違あるまい。その父親の生命を奪おうとする自分を、あの子が許してくれるだろうか。
