
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第35章 哀しみの果て
泰雅が死ねば、黎次郎は哀しみ、泣くだろう。あの子にそんな哀しい想いをさせたくはない。あの子から父親を奪いたくはない。
だが、泰雅は泉水の大切な男を奪った。それも、これ以上はないというほど残酷、卑怯なやり方で。
黎次郎のことを思えば、決意は揺らぐ。だが、その反面、兵庫之助の死を知ったときの心の痛みは日に何度も泉水の中で蘇る。愛する男への哀惜の念と我が子への情愛の狭間で、泉水の心は烈しく揺れた。今も先刻の黎次郎の泣き顔が瞼にちらつく。
が、泉水は烈しく首を振る。愛する男を理不尽にも奪われたときの口惜しさ、やるせない憤りを思い出そうとした。
泉水が黎次郎に必要以上に逢おうとしないのは、その復讐の決意が鈍るのを避けるためだ。あの子の顔を見ていれば、あの子そっくりと顔をしたあの子の父親の生命を奪うことに躊躇いを憶えるだろう。
本懐を果たすまでは、心を揺るがしてはならない。一途にそう思い定めているのだ。
秋の訪れを感じさせる風が身の傍を吹き抜けてゆく。長月も半ばを過ぎようとする朝のことであった。
だが、泰雅は泉水の大切な男を奪った。それも、これ以上はないというほど残酷、卑怯なやり方で。
黎次郎のことを思えば、決意は揺らぐ。だが、その反面、兵庫之助の死を知ったときの心の痛みは日に何度も泉水の中で蘇る。愛する男への哀惜の念と我が子への情愛の狭間で、泉水の心は烈しく揺れた。今も先刻の黎次郎の泣き顔が瞼にちらつく。
が、泉水は烈しく首を振る。愛する男を理不尽にも奪われたときの口惜しさ、やるせない憤りを思い出そうとした。
泉水が黎次郎に必要以上に逢おうとしないのは、その復讐の決意が鈍るのを避けるためだ。あの子の顔を見ていれば、あの子そっくりと顔をしたあの子の父親の生命を奪うことに躊躇いを憶えるだろう。
本懐を果たすまでは、心を揺るがしてはならない。一途にそう思い定めているのだ。
秋の訪れを感じさせる風が身の傍を吹き抜けてゆく。長月も半ばを過ぎようとする朝のことであった。
