
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第36章 臥待月(ふしまちづきの)夜
《巻の参―臥待月の夜―》
それから後も、泉水の葛藤は続いた。
夜毎、自分から淫らに男を誘い、男の上で妖艶な声を上げ痴態の限りを尽くす。そんな夜を過ごした後は決まって肉体の快楽と心の悲痛な叫びの狭間で烈しく揺れた。
身体は男と過ごす夜を重ねる毎に、男に馴れ、淫らになってゆき、それでもなお貪欲に快楽と刺激を求めようとする。しかし、身体が淫らになればなるほど、心はしんと醒め、冷えてゆく。苦しかった。男の腕の中で乱れれば乱れるほど、まるで心と身体が真っ二つにされてゆくようで。
時にふっと我を忘れて、男の前で大胆に脚を開く自分に気付く。あられもなく声を上げ、あまつさえ自ら男を誘う女もまた泉水自身であるはずなのに、その自分を別人のように冷めた眼で冷ややかに見つめているもう一人の自分が心の中にいる。
泰雅は初めて見る泉水の大胆さに愕きながらも、そんな泉水に魅せられ、ますます虜になってゆく。泰雅の寵愛は常軌を逸しているどころか、傍で見ていられないほどになった。
二人で一日中寝所に閉じこもり、情交を重ねる日々が続いた。
―国を、お家を傾ける亡国の美女。
家臣たちは陰でそう言い合ったが、確かに誰が見ても、今の榊原家における泉水の存在は、そうとしか言えなかった。
そんな中で、泉水はあまりにも汚れた自分に気付き、茫然とすることが多くなった。上辺だけでなく、身体が心を裏切り始めたという残酷な事実をいやというほど思い知らされる夜が続いた。
こんな状態を続けていれば、遠からず自分は狂ってしまうに違いない。最早、自分を保つだけの自信がなくなりつつあった。心が壊れる前に、計画を遂行しなければならない。目的を果たした後ならば、この生命なぞ何ほどのこともない、惜しくはない。
だが、無事本懐を遂げるまでは、何としても生き存えねばならぬ。
泉水は自らに懸命に言い聞かせた。
それでも、これ以上、正気を保つのは難しいと判断した時、泉水はついに決意した。
その夜、泰雅は宵の口になってから奥向きに渡った。今宵、褥を共にするのは泉水が普段から使っている寝所(私室)である。寝所の隣の居間はすべて障子を開け放ち、泰雅は縁近くに座り、終始、上機嫌で盃を傾けていた。
それから後も、泉水の葛藤は続いた。
夜毎、自分から淫らに男を誘い、男の上で妖艶な声を上げ痴態の限りを尽くす。そんな夜を過ごした後は決まって肉体の快楽と心の悲痛な叫びの狭間で烈しく揺れた。
身体は男と過ごす夜を重ねる毎に、男に馴れ、淫らになってゆき、それでもなお貪欲に快楽と刺激を求めようとする。しかし、身体が淫らになればなるほど、心はしんと醒め、冷えてゆく。苦しかった。男の腕の中で乱れれば乱れるほど、まるで心と身体が真っ二つにされてゆくようで。
時にふっと我を忘れて、男の前で大胆に脚を開く自分に気付く。あられもなく声を上げ、あまつさえ自ら男を誘う女もまた泉水自身であるはずなのに、その自分を別人のように冷めた眼で冷ややかに見つめているもう一人の自分が心の中にいる。
泰雅は初めて見る泉水の大胆さに愕きながらも、そんな泉水に魅せられ、ますます虜になってゆく。泰雅の寵愛は常軌を逸しているどころか、傍で見ていられないほどになった。
二人で一日中寝所に閉じこもり、情交を重ねる日々が続いた。
―国を、お家を傾ける亡国の美女。
家臣たちは陰でそう言い合ったが、確かに誰が見ても、今の榊原家における泉水の存在は、そうとしか言えなかった。
そんな中で、泉水はあまりにも汚れた自分に気付き、茫然とすることが多くなった。上辺だけでなく、身体が心を裏切り始めたという残酷な事実をいやというほど思い知らされる夜が続いた。
こんな状態を続けていれば、遠からず自分は狂ってしまうに違いない。最早、自分を保つだけの自信がなくなりつつあった。心が壊れる前に、計画を遂行しなければならない。目的を果たした後ならば、この生命なぞ何ほどのこともない、惜しくはない。
だが、無事本懐を遂げるまでは、何としても生き存えねばならぬ。
泉水は自らに懸命に言い聞かせた。
それでも、これ以上、正気を保つのは難しいと判断した時、泉水はついに決意した。
その夜、泰雅は宵の口になってから奥向きに渡った。今宵、褥を共にするのは泉水が普段から使っている寝所(私室)である。寝所の隣の居間はすべて障子を開け放ち、泰雅は縁近くに座り、終始、上機嫌で盃を傾けていた。
