
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第36章 臥待月(ふしまちづきの)夜
「このような細腕で、俺の寝首をかき斬ろうなぞとようも思うたものよな。俺がもう少し力を入れれば、容易く骨が砕けるぞ」
泰雅は極限まで力を込め、それから唐突に泉水の手を突き放した。その弾みで、泉水の身体は後方に飛び、泉水はしたたか腰や尻を打ちつけた。
「何ゆえ、俺を殺そうとした?」
泰雅の問いに、泉水は固く唇を引き結んだ。
「一体、どのような了見で俺の許に戻ってきたのだ? 最初から俺を殺すつもりでいながら、夜毎、俺に抱かれていたというのか?」
泉水はキッとしたまなざしで泰雅を見据えた。
「それでは、私こそお訊ね申し上げます。我が良人秋月兵庫之助を殺したのは、あなたさまでございますね?」
泰雅はすっと眼を細めた。その眼(まなこ)に剣呑な光が一瞬、よぎる。彼は妻を冷ややかな眼で見つめた。
「良人とな。これは聞き捨てならぬことを言う。そなたの良人は、この俺ではないのか」
泉水は唇を噛み、首を振った。
「いいえ、私の良人は最早、あなたさまではございませぬ。私が良人と慕うのは、亡くなられし兵庫之助さまお一人のみにございます」
「フン、そのような馬鹿げた話、誰も認めぬ」
吐いて捨てるような物言いに、泉水は瞳に力を込めた。
「たとえ世間の誰が認めてくれずとも構いはしませぬ。この私が良人と恋い慕うのは、あの方のみにございますゆえ」
「ようも俺の前でぬけぬけと申すものよのう。それで、そなたは、恋しい良人とやらの仇討ちに参ったと申すか」
あざ笑うような口調は、完全に泉水を馬鹿にしているようだ。
「まあ、良い。仇討ちに参ったと申すのであれば、それは認めよう。だがな、泉水。そちが良人の仇と申す憎い男が俺だとすれば、そちは毎夜、その憎い男に抱かれて悦びの声を上げておったのではないか? 以前のそなたなら、仇云々は抜きにしても、考えられぬことだ。あまつさえ、俺が仇だと申すのであれば、その仇に身を任せ、淫らに悦びの声を上げ乱れることについては、どう申し開きを致す所存じゃ? そなたは、その細い腰で夜毎、俺を存分に愉しませた。そして、そなた自身も十分愉しんだはずだがな」
「―」
泉水は口惜しさに拳を握りしめた。
泰雅は極限まで力を込め、それから唐突に泉水の手を突き放した。その弾みで、泉水の身体は後方に飛び、泉水はしたたか腰や尻を打ちつけた。
「何ゆえ、俺を殺そうとした?」
泰雅の問いに、泉水は固く唇を引き結んだ。
「一体、どのような了見で俺の許に戻ってきたのだ? 最初から俺を殺すつもりでいながら、夜毎、俺に抱かれていたというのか?」
泉水はキッとしたまなざしで泰雅を見据えた。
「それでは、私こそお訊ね申し上げます。我が良人秋月兵庫之助を殺したのは、あなたさまでございますね?」
泰雅はすっと眼を細めた。その眼(まなこ)に剣呑な光が一瞬、よぎる。彼は妻を冷ややかな眼で見つめた。
「良人とな。これは聞き捨てならぬことを言う。そなたの良人は、この俺ではないのか」
泉水は唇を噛み、首を振った。
「いいえ、私の良人は最早、あなたさまではございませぬ。私が良人と慕うのは、亡くなられし兵庫之助さまお一人のみにございます」
「フン、そのような馬鹿げた話、誰も認めぬ」
吐いて捨てるような物言いに、泉水は瞳に力を込めた。
「たとえ世間の誰が認めてくれずとも構いはしませぬ。この私が良人と恋い慕うのは、あの方のみにございますゆえ」
「ようも俺の前でぬけぬけと申すものよのう。それで、そなたは、恋しい良人とやらの仇討ちに参ったと申すか」
あざ笑うような口調は、完全に泉水を馬鹿にしているようだ。
「まあ、良い。仇討ちに参ったと申すのであれば、それは認めよう。だがな、泉水。そちが良人の仇と申す憎い男が俺だとすれば、そちは毎夜、その憎い男に抱かれて悦びの声を上げておったのではないか? 以前のそなたなら、仇云々は抜きにしても、考えられぬことだ。あまつさえ、俺が仇だと申すのであれば、その仇に身を任せ、淫らに悦びの声を上げ乱れることについては、どう申し開きを致す所存じゃ? そなたは、その細い腰で夜毎、俺を存分に愉しませた。そして、そなた自身も十分愉しんだはずだがな」
「―」
泉水は口惜しさに拳を握りしめた。
