テキストサイズ

胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第37章 花の別れ

 泰雅の寝所から臨める庭の桔梗は、純白の花ひと色である。泉水は庭に降り注ぐ秋の陽に眼を細めた。
「桔梗がきれいだな」
 泰雅もやはり同じことを考えていたものか、そんなことをポツリと呟く。
「あの花は亡き父上が殊の外愛されたものでな。この庭の桔梗は父上が手ずからお植えになられたそうだ」
 泰雅とは血の繋がらぬ父、榊原家の先代当主泰久である。母景容院に不義の子として疎まれた泰雅を不憫に思い、父親らしい愛情を注ぎ、教え導いたひとだった。
 思い出しているのは父泰久か、それとも自らの幼き日なのか。泰雅の瞳は遠い。
「なあ、泉水。人は何故、生まれては死んで、そしてまた、なお生まれてくるのであろうか」
「輪廻転生のことを仰せにございますか」
 山の庵にいた頃、師光照から聞いたことがある。人はこの世にある限り、肉体は消滅しても、魂は残り、再び輪廻の輪をめぐり、この現世に蘇ってくるのだと。そして、人の営みは脈々と続いてゆく。生まれては死に、また生まれて死ぬ。その短い一生の間に、多くの人とめぐり逢い、愛し憎んで、別れてゆく。
「山の庵におりました頃、庵主さまよりお聞きしたことがございました。人の生は一つの大きな輪のように、けして途切れることはなく続いてゆくのだそうです」
「そうか、ならば、俺がこの世からいなくなっても、俺の魂とやらはこの現世にとどまり、いつかまた、この世に生まれいでてくるのであろうか」
 短い沈黙の後、泰雅が泉水を静かな眼で見つめた。
「泉水、次に人として生まれてきたならば、俺はやはり、再び泉水と出逢いたい。そう言われるのは、そなたは嫌か?」
「―いいえ」
 泉水は首を振り、やはり静かな瞳で泰雅を見つめ返す。
「あれほどのことをした俺を、そなたは許せるというのか?」
 その問いに、泉水はしばらく考えた後、応えた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ