胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第37章 花の別れ
普段は落ち着いて死を受け容れる覚悟でいるのに、泉水のことを少しでも考えただけで、心が烈しく揺れ動き、あのように取り乱してしまう。つい先ほども〝死にたくない〟と女の前で泣いてしまった―。
見苦しいところを見せたと我ながら後悔している。最後の最後まで、何とも往生際の悪い情けない男だと余計に嫌われてしまっただろう。そう思うと、泣きたいような気持ちになり、これまた不甲斐ないと自己嫌悪に陥る。
泰雅は褥の上に起き上がろうと試みた。しかし、既に起き上がって、座ることさえできない。傍から誰かに支えて貰えば座れないことはないけれど、自力ではそれだけの体力すら残っていないのだ。
泰雅はなおも身体を起こそうとし、それが無駄な努力と知り、止めた。再び倒れ込むように仰向けになる。たったこれだけのことで、力を使い果たしてしまったようだ。
泰雅は何かを諦めたような静かな瞳で天井を見つめた。そっと眼を瞑る。こうやって、じっとしていれば、ざわめいていた心が次第に鎮まってくる。澄んだ、穏やかな心持ちで、厳粛な〝死〟という運命(さだめ)を受け容れることができるような気がするのだ。
唯一の心残りがたった一人の女とは皮肉なものだった。泉水の面影が瞼に蘇る度に、小さな煩悩が生じ、死にたくないという、この世への未練が湧き上がる。
泰雅は今一度、泉水の花のような笑顔を思い浮かべた。
「そなたは我が妻、俺が愛するのは天にも地にもそなた一人―」
―愛しい妻よ、愛するがゆえに、そなたを追いつめ、苦しめることになった。―今更、何を申したところで時は戻せぬが、俺は一度はそなたにこの言葉を、俺の気持ちを伝えたかった。―許せ。
言いたくても言い出せなかった。ついに泉水には伝えられなかった科白だった。
―だが、泉水、俺は何度生まれ変わったとしても必ずそなたを探し出す。そなたの申すように輪廻というものがこの世にあるのだとすれば、次の世でもそなたを見つけ出し、今度こそそなたと夫婦(めおと)として添い遂げようぞ。
泰雅は心の中で呟き、そっと眼を閉じた。
見苦しいところを見せたと我ながら後悔している。最後の最後まで、何とも往生際の悪い情けない男だと余計に嫌われてしまっただろう。そう思うと、泣きたいような気持ちになり、これまた不甲斐ないと自己嫌悪に陥る。
泰雅は褥の上に起き上がろうと試みた。しかし、既に起き上がって、座ることさえできない。傍から誰かに支えて貰えば座れないことはないけれど、自力ではそれだけの体力すら残っていないのだ。
泰雅はなおも身体を起こそうとし、それが無駄な努力と知り、止めた。再び倒れ込むように仰向けになる。たったこれだけのことで、力を使い果たしてしまったようだ。
泰雅は何かを諦めたような静かな瞳で天井を見つめた。そっと眼を瞑る。こうやって、じっとしていれば、ざわめいていた心が次第に鎮まってくる。澄んだ、穏やかな心持ちで、厳粛な〝死〟という運命(さだめ)を受け容れることができるような気がするのだ。
唯一の心残りがたった一人の女とは皮肉なものだった。泉水の面影が瞼に蘇る度に、小さな煩悩が生じ、死にたくないという、この世への未練が湧き上がる。
泰雅は今一度、泉水の花のような笑顔を思い浮かべた。
「そなたは我が妻、俺が愛するのは天にも地にもそなた一人―」
―愛しい妻よ、愛するがゆえに、そなたを追いつめ、苦しめることになった。―今更、何を申したところで時は戻せぬが、俺は一度はそなたにこの言葉を、俺の気持ちを伝えたかった。―許せ。
言いたくても言い出せなかった。ついに泉水には伝えられなかった科白だった。
―だが、泉水、俺は何度生まれ変わったとしても必ずそなたを探し出す。そなたの申すように輪廻というものがこの世にあるのだとすれば、次の世でもそなたを見つけ出し、今度こそそなたと夫婦(めおと)として添い遂げようぞ。
泰雅は心の中で呟き、そっと眼を閉じた。