胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第5章 《謎の女》
すべてが灰色一色に塗り込められた背景の中、そこだけ清々しい色に染めていた花を何故か愛おしいと思った。
時橋が控えめに応える。
「あのお庭は景容院さまがご丹精なされしお庭にて、あちらのお花は頂くとすれば、殿のお許しを頂かねばなりませぬが、いかがいたしましょう」
泉水は少し眼を見開き、伏せた。
「ならば、そなたから殿にお訊ねしてはくれまいか」
「出過ぎたことを申し上げるようでございますが、ご夫婦でいらせられるのですから、お方さまご自身から殿におねだりなされてはー」
泉水は皆まで時橋に言わせなかった。
「時橋、私は側女ではないッ、たとえ飾り物にせよ、正室なのじゃ。仮にも正室が側妾のように殿に甘えて物をせがむなぞ、もっての外」
語気も荒く言う泉水を時橋は痛ましげに見つめた。
この年若い姫は、少々勝ち気で誇り高い。そして、まだ男に惚れるということや男女の機微、心のあやといったものも判ってはいない。女は時には男に甘えて見せるのも必要なのだとしいうことも知らない。いや、その誇り高さゆえに、そのようなふるまいは下品だと思わせているのかもしれない。
泉水はまだ幼かった。
「私は側女のように殿に媚を売るのなぞ、真っ平じゃ。そのようなこと、考えただけで虫酸が走る」
泉水は花のような唇を震わせ、立ち上がった。このようなおぞましい話はその話はその場はそれきりとなった。
翌朝、泉水が目覚めた時、居間の床の間の花器に紫陽花の枝が数本活けられていた。時橋に問うと、乳母は微笑んだ。
「ご老女の河嶋さまにお願い致しました。河嶋どのより殿にお願いして頂いたのです」
流石に誰より泉水の気持ちを思いやってくれる乳母であった。河嶋はかつては泰雅の乳母を務めた女性でもあり、現在は榊原家の奥向きも取り仕切る侍女頭である老女の地位にある。普段は取り澄ました顔をしていて、取っつきにくい印象を与えるが、なかなか話の判る女で、泉水をも正室として重んじてくれている。
時橋が控えめに応える。
「あのお庭は景容院さまがご丹精なされしお庭にて、あちらのお花は頂くとすれば、殿のお許しを頂かねばなりませぬが、いかがいたしましょう」
泉水は少し眼を見開き、伏せた。
「ならば、そなたから殿にお訊ねしてはくれまいか」
「出過ぎたことを申し上げるようでございますが、ご夫婦でいらせられるのですから、お方さまご自身から殿におねだりなされてはー」
泉水は皆まで時橋に言わせなかった。
「時橋、私は側女ではないッ、たとえ飾り物にせよ、正室なのじゃ。仮にも正室が側妾のように殿に甘えて物をせがむなぞ、もっての外」
語気も荒く言う泉水を時橋は痛ましげに見つめた。
この年若い姫は、少々勝ち気で誇り高い。そして、まだ男に惚れるということや男女の機微、心のあやといったものも判ってはいない。女は時には男に甘えて見せるのも必要なのだとしいうことも知らない。いや、その誇り高さゆえに、そのようなふるまいは下品だと思わせているのかもしれない。
泉水はまだ幼かった。
「私は側女のように殿に媚を売るのなぞ、真っ平じゃ。そのようなこと、考えただけで虫酸が走る」
泉水は花のような唇を震わせ、立ち上がった。このようなおぞましい話はその話はその場はそれきりとなった。
翌朝、泉水が目覚めた時、居間の床の間の花器に紫陽花の枝が数本活けられていた。時橋に問うと、乳母は微笑んだ。
「ご老女の河嶋さまにお願い致しました。河嶋どのより殿にお願いして頂いたのです」
流石に誰より泉水の気持ちを思いやってくれる乳母であった。河嶋はかつては泰雅の乳母を務めた女性でもあり、現在は榊原家の奥向きも取り仕切る侍女頭である老女の地位にある。普段は取り澄ました顔をしていて、取っつきにくい印象を与えるが、なかなか話の判る女で、泉水をも正室として重んじてくれている。