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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第5章 《謎の女》

 器量も十人並みではあるけれど、取り立てて美しいというほどてもない。漢籍を読むのは好きだが、学問好きというわけでもない。座敷の奥で侍女を相手に人形遊びや貝あわせに興じるよりは、庭に出て女だてらに木刀を振り回し、樹に登って汗を流す方がよほど愉しい。
 この琢馬にも泉水は幼時から剣の指南を受けた。琢馬は泉水が女であろうと、幼少であろうと、けして容赦はなかった。泉水はそんな琢馬を心から尊敬し、いくら打ち負かされても、また木刀を構え直し琢馬にかかっていったものだ。
 どうも神仏は、本来は男として生まれるべきはずの自分に間違えて女の性をお与えになったのだとしか思えなかった。
 男として生まれ育っていれば、もっともっと翼をはためかせ、思うがままに大空をどこまでも翔てゆけることができたのに。女というだけで屋敷の奥深くに閉じこめられ、じっとして死んだような無為の日々を送らねばならないとは不運なことだ。
「どうした、爺」
 泉水を赤ん坊の頃から知る琢馬を泉水は“爺”と呼ぶ。
 坂井琢馬入室するなり、平伏した。
「ご内室さまにはご機嫌麗しう―」
 畏まって挨拶を言上するのに、泉水は笑った。
「そのような他人行儀な挨拶は無用、水臭いぞ、爺」
「は、さりながら、姫さまはもうこの榊原家のご正室にて」
 堅苦しく言う琢馬に、泉水は肩をすくめる。
「正室とはいえ、お飾り、上辺だけのものにすぎぬ。たいした意味も価値もない」
 泉水らしくもない皮肉げな物言いに、琢馬の白い眉がひそめられた。
「それはともかく、私にとっては爺は真のおじじさま、時橋は母上のようなもの。この部屋の内だけは、そのような堅苦しい物言いは無用ではないか」
 その言葉に、琢馬がうっと呻き、目頭を押さえた。
「どうした、爺」
 泉水が眼を瞠る。うつむき加減だった琢馬がバネ仕掛けの人形のように顔を上げた。
「このこと、爺は姫さまに申し上げようかどうかと随分と悩み申しましたが、やはり、ここは心を鬼にしてお伝え参らせ申す」
 時橋の顔色が白くなった。

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