胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第6章 誤解
誤解
「泉水、泉水―?」
誰かが呼んでいる。遠くから私を呼ぶのは誰?
ゆっくりと身体が持ち上げられるような感覚があり、意識が徐々に覚醒してくる。泉水はそっと眼を開いた。
ぼやけた輪郭が次第に明確な形を取り始め、やがて気遣わしげに覗き込む男の貌が映る。
「泉水、大事ないか」
深い声、きれいな顔。
このひとは、あれだけのことがあった後でも、こうして平気な顔で私の前に現れることができるのだ。果てのない絶望と怒りが込み上げ、泉水は、咄嗟に泰雅から眼を背けた。
「泉水、どうした、何かあったのか?」
なおも問いかけてくる泰雅の顔を見たくなくて、泉水は頭からすっぽりと掛けふすまを被った。
「おい、泉水。俺が訊いてるのに、何で応えない?」
泰雅の声にわずかに苛立ちがこもる。
泉水はそれでも布団に潜り込んだまま、泰雅を避け続けた。
「泉水、良い加減にしろ、一体、何があった、俺のどこが気に入らないっていうんだ?」 なおも頑なな態度をとり続ける泉水に、泰雅も焦れたようだ。ふいに掛けふすまが乱暴に引きはがされた。
「子どもみたいな真似は止せ。俺に言いたいことがあるのなら、ちゃんと口で言えば良いだろう」
ふいに泉水の身体がふわりと宙に浮いた。かと思ったら、次の瞬間、泉水は泰雅の逞しい腕に抱き上げられ、膝に乗せられていた。
「一体、何だっていうんだよ。昨夜も頭が痛いとか申して、俺を拒絶しただろう?」
泉水は狼狽えて、身をよじった。
「お止め下さい、放して」
「泉水、本当にお前、おかしいぞ。何があったんだ?」
泰雅のあくまでもとぼけぶりに、泉水は泣きたくなった。どこまでしらを切り通すつもりなのか、どこまで泉水を馬鹿にするのだろうか。
沸々と怒りが込み上げる。
「そうそう、申し上げねばならぬことを忘れておりました」
泉水は泰雅から視線を逸らし、あらぬ方を見つめたまま言った。
「泉水、泉水―?」
誰かが呼んでいる。遠くから私を呼ぶのは誰?
ゆっくりと身体が持ち上げられるような感覚があり、意識が徐々に覚醒してくる。泉水はそっと眼を開いた。
ぼやけた輪郭が次第に明確な形を取り始め、やがて気遣わしげに覗き込む男の貌が映る。
「泉水、大事ないか」
深い声、きれいな顔。
このひとは、あれだけのことがあった後でも、こうして平気な顔で私の前に現れることができるのだ。果てのない絶望と怒りが込み上げ、泉水は、咄嗟に泰雅から眼を背けた。
「泉水、どうした、何かあったのか?」
なおも問いかけてくる泰雅の顔を見たくなくて、泉水は頭からすっぽりと掛けふすまを被った。
「おい、泉水。俺が訊いてるのに、何で応えない?」
泰雅の声にわずかに苛立ちがこもる。
泉水はそれでも布団に潜り込んだまま、泰雅を避け続けた。
「泉水、良い加減にしろ、一体、何があった、俺のどこが気に入らないっていうんだ?」 なおも頑なな態度をとり続ける泉水に、泰雅も焦れたようだ。ふいに掛けふすまが乱暴に引きはがされた。
「子どもみたいな真似は止せ。俺に言いたいことがあるのなら、ちゃんと口で言えば良いだろう」
ふいに泉水の身体がふわりと宙に浮いた。かと思ったら、次の瞬間、泉水は泰雅の逞しい腕に抱き上げられ、膝に乗せられていた。
「一体、何だっていうんだよ。昨夜も頭が痛いとか申して、俺を拒絶しただろう?」
泉水は狼狽えて、身をよじった。
「お止め下さい、放して」
「泉水、本当にお前、おかしいぞ。何があったんだ?」
泰雅のあくまでもとぼけぶりに、泉水は泣きたくなった。どこまでしらを切り通すつもりなのか、どこまで泉水を馬鹿にするのだろうか。
沸々と怒りが込み上げる。
「そうそう、申し上げねばならぬことを忘れておりました」
泉水は泰雅から視線を逸らし、あらぬ方を見つめたまま言った。