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「お子さまのご誕生、おめでとうございます。これで、ご当家のゆく末もご安泰、心よりお歓び申し上げまする」
　ひとときの静寂があった。
　泰雅の腑抜けた声がこの沈黙を破った。
「そなた、何を言っている？　どうして、この俺に子が生まれるんだ？　そのような話、俺は断じて知らぬぞ。俺の子を生む女は泉水、そなたしかおらぬはずだが。まさか、もう身ごもったのか？」
　真面目な顔でそう言って泉水の腹を撫でる図々しさに、泉水の堪忍袋の緒が切れた。
「私に触らないで」
　泉水は渾身の力で泰雅の腕から逃れ、膝からすべり降りた。
「よくもそんなたわ言を仰せになられますこと。あくまでも知らぬ顔を通すおつもりなのでございますか？」
「泉水？　俺には先刻からそなたの申しておることがさっぱり解せぬ。俺に子が生まれたとか、めでたいとか申しておるようだが、一体、何のことなのだ？　俺は誓ってよその女に子など生ませてはおらぬぞ」
　泰雅がいつになくムキになって言う。
　泉水は良人を醒めた眼で見つめた。
「さようでございますか。殿がどうしてもお認めにならぬのであれば、それでよろしうございます。ただ、これだけははっきりと申し上げておきますれど、私がこたびの件について何も知らぬとお思いであれば、それは大きな間違いというもの。噂はどここいても自ずと耳に入ってくるものにございます。殊に、それが悪しき噂なれば、尚更にございます」
「泉水―、一体、何のことを―」
　泰雅の整った顔に当惑が浮かんだ。
　泰雅はどうしても自分の口から言うつもりはないらしい。何という卑怯な男だろう。
　鼻の奥がツンとしてくる。涙が溢れそうになり、泉水は懸命に耐えた。ここで泣いては、あまりにも惨めだ。
「殿に和子さまがご誕生になられたこと、この私が知らぬとでもお思いでございますか？
和子をお生み参らせたお方は景容院さまのおん許に身を寄せていられるともお聞きしております」
　ひと息に言ってのけると、泰雅が首を振った。
「違う、それは違うんだ。確かに母上の許にいる女が一昨日の夜、子を生んだ。それは事実だが、その子は俺の子ではない。子を生んだ母親も俺とは何の拘わりもないぞ」
　泉水は涙の滲んだ眼で泰雅を睨んだ。