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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第6章 誤解

「ここまで露見しているのです。今更、お隠しになられる必要はございませんでしょう。むしろ、いっそのこと潔く認めて下さった方が気が楽というものです」
「良い加減せぬか。泉水、これには深い事情があるのだ。頼むから、俺の話を聞いてくれぬか」
 泰雅が言い募るのに、泉水はキッとなった。
「そのようなお話、今更、お聞きしとうはございませぬ。何故、もっと早くに私に教えて下さらなかったのでございますか? 他のお方に殿のお子が生まれる話であれば、なおのこと、殿ご自身の口からお聞きしたかった。そうして頂ければ、私の正室としての体面もいささかなりとも保てましたものを。このようななさりようは、あんまりでございます」
 泣くまいと思うのに、涙が溢れ、頬をつたう。泰雅の端整な顔に狼狽が走った。
「だから、先ほどから申しておるであろう。女の生んだ赤子は俺の種ではないと。俺は確かに昔は大勢の女に現を抜かしていた時期もあった。それは認める。だが、そなたを知ってからは、他の女を一度も抱いてはおらぬ。それに申しておくが、どれだけの女と拘わっていたとしても、これまでに子を作ったこともなければ、隠し子などもおらぬ!」
「もう、良いのです」
 泉水が泰雅から眼を逸らした。
「何が良いというのだ」
 泰雅の声が低くなる。
 泉水は良人を哀しげな眼で見つめた。
「よそのお方はこのような場合、何もなかったような顔で笑っていられるのでしょう。でも、私にはできませぬ。泰雅さまを、殿を今でもお慕いしているゆえ、余計に何もなかった顔などできませぬ。これより先、殿が他の女性に笑いかけたり、その方が生んだ和子を抱いてあやしたりするのを見るのは耐え難いのです。―お判り下さいませ」
「何を判れっていうんだよ? 大体、一人で勝手に喋って、勝手に勘違いしてるのは、そっちじゃねえか、俺の話をろくに聞きもしねえで、何を馬鹿なことを言ってるんだ」
 泰雅の眼にも憤りが滲んでいる。
 泉水は唇を噛みしめた。
 もう自分たちは何を話し合っても、無駄だ。泰雅は何とかして言葉で自分を言いくるめようという気だろうが、泉水は甘い言葉で騙されるつもりはない。

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