テキストサイズ

胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第6章 誤解

 これは、ほんの遊びや戯れの恋とは訳が違う。子どもが生まれるということは、いっときの遊びで済まされる問題ではない。泰雅は生まれた子の父として、また、子を生んだ女の良人もしくはそれに準ずる存在として、二人を守ってゆかねばならぬ義務があるはずだ。
 そして、泉水はそんな役割を他の女やその子に対して持った泰雅を以前のように受け容れることはできない。それは、泉水の泰雅に対する気持ちとは、また全く別のものだ。
 たとえ泉水が泰雅にどれほど惚れていたとしても―哀しいことに、泉水はこんな男にいまだに惚れている。いっそのこと、嫌いになれれば、どれほど楽なことだろう。
「私を離縁して頂きたいのです」
 泉水は両手をついた。
「そなた、自分が何を言ってるのか、判ってるのか」
 泰雅の声が、震えていた。
「はい」
 頷くと、泰雅にいきなり手首を掴まれた。
「馬鹿、何で俺の言うことが判らない、判ろうとしないんだ。俺はお前だけだと何度も言ってるだろうが」
 強い力で引き寄せられ、抱きしめられる。
「俺が欲しいのは、泉水だけなんだ。他の女なんて要らない、抱きたいとも思わない」
「放して、放して」
 泉水は手を突っ張って、泰雅の身体を押しやろうとする。
「何故、俺の気持ちが判らない?」
 ふいに夜具の上に押し倒され、泉水は悲鳴を上げた。
「お願い、もう、こんなことは止めて。こんなことをしても、何の解決にもならない。お願いだから、止め―」
 泰雅は最後まで言わせなかった。熱を帯びた唇で唇を塞がれる。
 この男は、こんなときでさえ、女は抱いてしまえば、それで何でも解決できる、すべてが終わりだと思っているのだろうか。
 泉水の胸に言いしれぬ空しさが生まれた。
 物事に正面から向き合おうとせず、こうやって身体を重ね、膚を合わせて、すべてをうやむやにしようとする泰雅の態度が許せない。
 泰雅は、貪るように烈しく泉水の口を吸った。その手が乳房を包み込む。
「いやっー」
 泉水は泰雅の身体を押し退けた。
 もう、いやだ。こんな男とは、どんなに好きでも、やってはゆけない。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ