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「参ったな。まさか、お前があいつの女房だとは思いもしなかったぜ。だが、あの時、お前らは到底夫婦のようには見えなかった。まるで見知らぬ赤の他人同士のように見えたがな」
　意味ありげに問われ、泉水はうつむいた。
「それは、色々と事情があって」
　秋月は泉水を静かな眼で見つめた。
「どうやら、お前の言うように、本当に色々とありそうだな。あいつとうまく行ってねえのか？」
　単刀直入に訊かれ、泉水は唇を噛んだ。
　先刻の泰雅とのやりとりを改めて思い出し、涙が込み上げてくる。
「まあ、良いよ。夫婦の間のことなんざア、話したくねえだろうし、俺もそんな野暮なこたア訊こうとも思わねえから。だが、感心しねえな、仮にも榊原五千石の奥方がこんな夜分に一人で町をふらついてるってえのは尋常じゃねえぞ」
　口ぶりはぞんざいだが、秋月の声には労るような響きがある。
「どうなっても良いんです、私なんか」
　泉水が小さな声で呟いた時、秋月が怒鳴った。
「馬鹿野郎、自棄かどうかは知らねえが、生半可な気持でそんなことを言うじゃねえ。良いか、お前のような娘がこんな時間に町外れを一人でふらふらと歩いてるってことがどれほど怖ろしいか、お前は何も判っちゃいねえ。万良く俺が見つけたから良かったようなもので、質の悪ィ輩に眼っこ入れられたら、それこそ物陰に引きずりこまれて、さんざん慰みものにされちまうのが関の山だぜ」
「あー」
　泉水は言葉を失った。確かに、秋月の言うとおりかもしれない。泉水のような苦労知らずの姫など、無頼の輩にとっては格好の獲物に相違ない。正義感は人一倍強いけれど、世間のことも何一つ知らない、人を疑うことさえ知らない娘。泉水はそう言われているのだ。
｢私、本当に馬鹿ね」
　それまでこえらえていた涙がどっと溢れてきて、泉水は両手で顔を覆った。
「おい、泣くなよ」
　秋月が慌てたように言う。
「悪かった、俺が少しきつく言いすぎた。頼むから、泣かないでくれよ。な、このとおりだからさ」
　泰雅も長身だが、秋月の息子もまたかなりの上背があるようだ。どちらも似たような背格好だろう。その大の男が慌てふためいた様子で、必死に泉水をなだめようとしている。