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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第6章 誤解

「俺はこのとおり、強面だしな、お前の旦那のような女好みのにやけた男じゃねえからさ。女は皆怖がって、寄りつきもしねえんだよ」
 と、弱り切って言うのも、どこか滑稽で愛嬌がある。最初の印象とは随分違っていた。
 多分、こちらの方が彼本来の姿なのだろう。
「頼むから、そんなに泣かねえでくれ」
 秋月は懇願するように言った。そして、わずかに逡巡する態度を見せてから言った。
「前に言ったことは、本気だぜ」
 「え?」と、泣き止んだ泉水が顔を上げる。
 秋月は少し照れくさそうに笑い、ぼんのくぼに手をやった。
「お前のことを気に入ったって言ったろう? 何か、あれから忘れられなくてな、どこの家の娘かずっと気にして、それとなく探してはいたんだが、まさか、あいつの嫁さんだったとはな。嫁さんの前で言うのは申し訳ねえが、俺はあいつのにやけた面を見ると、虫酸が走るような、嫌な気分になるんだ。何の苦労も知らねえで、ただ跡取りに生まれたってだけでちゃっかりと榊原家の当主におさまって女の尻ばかり追いかけ回してる、いけ好かない野郎さ。実際に逢ったのはこの間が初めてだけど、色々と噂は聞いちゃいたよ。お前もあんなろくでなしの亭主持って苦労してるんだろうな。ま、俺も他人のことをとやかく言えた義理じゃねえが、あいつの女狂いは殆ど病気としか思えねえからなあ」
 泉水が黙りこんだのを見て、秋月は素っ頓狂な声を上げた。
「あ、悪ィ。やっぱり、気を悪くしたか?」
 泉水は小さく首を振った。
「我が殿のことを色々と言う人が多いのは知ってますから」
 現に、そのことが原因で、泉水は泰雅との別離を考えている真っ最中なのだ。と、秋月は肩をすくめた。
「ちっ、あいつが羨ましいぜ。“我が殿”だってよ。でもよ、姫さん―、姫さんで良いか?」
 改めて訊ねられ、泉水はプッと吹き出した。
「泉水で良いです」
「泉水―どのか?」
「いえ、ただの泉水で。それで構いません」
「そっか、だが、呼び捨てにしてるのをあいつに聞かれでもしたら、殺されちまいそうだな」
 秋月はけらけらと笑い、表情を引き締めた。

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