
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第7章 溶けてゆく心
だが、何故、泰雅がそのような仮面を被らねばならぬのか、そのところが源太夫にも判らない。泰雅には何か、源太夫にさえ思い及びもせぬような重大な秘密があるのではないか、そう思うときがあった。
それは長年の奉行として務めてきた源太夫の勘であった。あの男はただ者ではない―、源太夫は泰雅のいかにも物事に囚われない飄々とした態度の下に、怜悧で酷薄とさえいえるもう一つの貌が透けて見えるような気がしてならない。
が、今、この時、娘にそのような胸の内を話せるはずもなく、もしや、この想いはこれから先ずっと己れの胸にだけとどめておかねばならぬことなのやもしれなかった。
「泉水、泰雅どのともう一度、話し合うてみよ。取り返しのつかぬ仕儀になる前に、互いに腹の内を包み隠さず、じっくりと話し合うてみるが良い」
泉水が泰雅に惚れているのは明らかだ。
あの幼かったお転婆姫が生まれて初めての恋を知った。そう考えただけで、源太夫は感無量であった。
源太夫は泉水を既に泰雅に託した。ならば、泉水が幸せになる道を示してやるのが、親としての務めであり、何より心からの願いであった。
泉水は相変わらず、うつむいている。
膝の上できっちりと重ね合わせた手のひらの上に、ぽとりと涙の雫が落ちた。
「そなたは泰雅どのに惚れているのであろう?」
優しい声音で念を押すと、泉水が弾かれたように面を上げた。泉水は泣いていた。
源太夫は娘ににじり寄ると、そっと右の頬に触れた。
「祐次郎どのを失って以来、そちも色々と辛き想いをした。わしとしては、そなたの明るさが救いではあったが、父親として何もしてやれぬことをいかほど不憫に思うたことか。ようやっとめぐり逢えたのだ。大切にせよ。泰雅どのにまめやかに仕え、健やかな子を生み、幸せになるが良い。亡くなった母もそなたの幸せを願うておるに相違ないぞ」
まだ少し赤みの残る娘の頬を撫で、源太夫は笑った。
その日、泉水は久しぶりに幼いときのように、父の懐で思い切り泣いた。
それは長年の奉行として務めてきた源太夫の勘であった。あの男はただ者ではない―、源太夫は泰雅のいかにも物事に囚われない飄々とした態度の下に、怜悧で酷薄とさえいえるもう一つの貌が透けて見えるような気がしてならない。
が、今、この時、娘にそのような胸の内を話せるはずもなく、もしや、この想いはこれから先ずっと己れの胸にだけとどめておかねばならぬことなのやもしれなかった。
「泉水、泰雅どのともう一度、話し合うてみよ。取り返しのつかぬ仕儀になる前に、互いに腹の内を包み隠さず、じっくりと話し合うてみるが良い」
泉水が泰雅に惚れているのは明らかだ。
あの幼かったお転婆姫が生まれて初めての恋を知った。そう考えただけで、源太夫は感無量であった。
源太夫は泉水を既に泰雅に託した。ならば、泉水が幸せになる道を示してやるのが、親としての務めであり、何より心からの願いであった。
泉水は相変わらず、うつむいている。
膝の上できっちりと重ね合わせた手のひらの上に、ぽとりと涙の雫が落ちた。
「そなたは泰雅どのに惚れているのであろう?」
優しい声音で念を押すと、泉水が弾かれたように面を上げた。泉水は泣いていた。
源太夫は娘ににじり寄ると、そっと右の頬に触れた。
「祐次郎どのを失って以来、そちも色々と辛き想いをした。わしとしては、そなたの明るさが救いではあったが、父親として何もしてやれぬことをいかほど不憫に思うたことか。ようやっとめぐり逢えたのだ。大切にせよ。泰雅どのにまめやかに仕え、健やかな子を生み、幸せになるが良い。亡くなった母もそなたの幸せを願うておるに相違ないぞ」
まだ少し赤みの残る娘の頬を撫で、源太夫は笑った。
その日、泉水は久しぶりに幼いときのように、父の懐で思い切り泣いた。
