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胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】

第8章 予期せぬ災難

 泉水が店先に立ち尽くしていると、小間物屋の手代らしい若い男が寄ってきた。
「失礼でございますが、手前どもの店の品がお気に入り頂けましたでしょうか」
 慇懃な物言いに振り向くと、背の高い男が腰を低くして立っていた。年のころは泰雅とほぼ同じといったところか。むろん、美男で通っている泰雅の足許には及びはしないが―というのは、泉水の贔屓目だろうか。
 しかし、やはり〝今光源氏〟と呼ばれるだけあって、泰雅ほどの美しい男はこの江戸の町広しといえども、なかなかお眼にかかれない。妻の泉水としては嬉しくもあり誇らしくもあり、また同時に心配なところでもある。
 泉水は極めて十人並みの顔立ちで、とりたてて美しくもないことは自分でも判っている。透き通ったすべらなか膚と豊かな黒髪だけが唯一の取り柄らしいところだ。こんな自分と泰雅ではおよそ釣り合わぬことも承知しているのだ。
 眼の前の手代はけして男前ではないが、感じの良い若者だった。
「お相手のお嬢さまのお好みは、どのようなものでございましょう? その品はまだ名もない職人の作ではございますが、なかなか良い味を出しております。先が愉しみな職人でして。流石はお武家さま、お眼が肥えていらっしゃる、良い品をお選びと感服致しております。ただ、こういった女性の身を飾る品といいますものは往々にして好みがおありのもの、もし、お侍さまのお相手の方が明るい感じのものをお好みならば、いささか大人しすぎるかもしれません」
 滔々と並べ立てる手代風の男に、泉水は微笑んだ。
「いえ、ほんの少し見せて頂いているだけですから」
 その声に、相手がたじろぐのが判った。
 そう、今日の泉水は例の若衆姿だ。黒髪を頭頂部で高々と束ね、薄紅色の小袖に浅黄色の袴を身に纏っている。おまけに腰には二本差しとくれば、この手代が泉水を咄嗟に男だと思い込んだとしても、致し方ない状況ではある。
「真にご無礼仕りました。まさか女性でいらっしゃるとは思いませんでしたもので」
 狼狽えて謝るのに、泉水は笑った。
「いいえ、構いませんよ。紛らわしいなりをしている私の方が悪いのです。このかんざし、確かに良い品です。大人しやかでいながら、愛らしさもある―、手代さんもおっしゃっていたように、これほどの品を作る人であれば、いずれ名のある職人におなりでしょうね」

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