胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第8章 予期せぬ災難
大通りを全速力で駆けてくる荷車が視界の片隅をよぎる。馬を駆る男の怒声、行き交う通行人の悲鳴、それらが一瞬、現ならざる世界のもののように思えた。
―あれは―。
茫漠とした頭で考えた時、唐突に自分の身に起こったことが俄には信じられぬ想いだった。
その間にも、荷車は次第に距離を狭めてくる。早く逃げなければと思いながらも、あまりの愕きに身体は重い鉄の塊にになり果てたかのように動かない。
「危ねえッ、早く逃げろ」
どこかで男の罵り声が聞こえたような気がした。
本当だ、早く早く逃げなければ。
泉水がそう思った刹那、まるで岩の塊と真正面から衝突したと思われるほどの衝撃が襲った。ガツンともゴツンとも判別のつかぬ、鈍い衝撃音と共に泉水の小さな身体は宙高く跳ね上げられた。
―私、一体、どうしたんだろう―?
地面に叩きつけられた泉水は、懸命に起き上がろうとした。自分を取り巻く人々の話し声が近くに聞こえたり、逆に遠のいたりする。
だが、起き上がろうとしても、手脚に力が入らないどころか、身体中が痛みを訴え、火の塊になったかのように熱を帯びていた。
「おいッ、大丈夫か?」
耳許で声が聞こえる。先刻、烈しい衝撃を感じる寸前、〝逃げろ〟と叫んだあの声にも似ている。
「医者、医者を呼んできて」
悲鳴のような女の声。
「死んでるのか? 医者より岡っ引きを先に呼んだ方が良いんじゃねえのか」
また別の声が飛び、最初の男らしい声が応じた。
「馬鹿野郎、ちゃんと生きてるよ。縁起でもねえこと言うなよ」
刹那、逞しい腕で抱き上げられた。
「おい、動かして構わねえのか? 頭を相当打ってるようだぜ」
別の男の声がして、誰かが応えている。
「このまま炎天下で医者が来るのを待ってるより、早く涼しいところに連れていって方が良い」
落ち着いた声が応え、泉水はそのまま自分が誰かに運ばれてゆくのを感じた。ざわざわとした話し声が次第に遠ざかる。
「待って―」
泉水は気力を振り絞って言った。
―あれは―。
茫漠とした頭で考えた時、唐突に自分の身に起こったことが俄には信じられぬ想いだった。
その間にも、荷車は次第に距離を狭めてくる。早く逃げなければと思いながらも、あまりの愕きに身体は重い鉄の塊にになり果てたかのように動かない。
「危ねえッ、早く逃げろ」
どこかで男の罵り声が聞こえたような気がした。
本当だ、早く早く逃げなければ。
泉水がそう思った刹那、まるで岩の塊と真正面から衝突したと思われるほどの衝撃が襲った。ガツンともゴツンとも判別のつかぬ、鈍い衝撃音と共に泉水の小さな身体は宙高く跳ね上げられた。
―私、一体、どうしたんだろう―?
地面に叩きつけられた泉水は、懸命に起き上がろうとした。自分を取り巻く人々の話し声が近くに聞こえたり、逆に遠のいたりする。
だが、起き上がろうとしても、手脚に力が入らないどころか、身体中が痛みを訴え、火の塊になったかのように熱を帯びていた。
「おいッ、大丈夫か?」
耳許で声が聞こえる。先刻、烈しい衝撃を感じる寸前、〝逃げろ〟と叫んだあの声にも似ている。
「医者、医者を呼んできて」
悲鳴のような女の声。
「死んでるのか? 医者より岡っ引きを先に呼んだ方が良いんじゃねえのか」
また別の声が飛び、最初の男らしい声が応じた。
「馬鹿野郎、ちゃんと生きてるよ。縁起でもねえこと言うなよ」
刹那、逞しい腕で抱き上げられた。
「おい、動かして構わねえのか? 頭を相当打ってるようだぜ」
別の男の声がして、誰かが応えている。
「このまま炎天下で医者が来るのを待ってるより、早く涼しいところに連れていって方が良い」
落ち着いた声が応え、泉水はそのまま自分が誰かに運ばれてゆくのを感じた。ざわざわとした話し声が次第に遠ざかる。
「待って―」
泉水は気力を振り絞って言った。