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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第5章 母子草

 清冶郞は八重のやわらかな胸に顔を押し当てて泣いた。
「私は馬鹿だ、大好きな八重を哀しませるようなことをして」
「若君さま、お願いでございますから、もうお泣きにならないで下さいませ。八重は若君さまのお側を離れたりは致しませぬ。そうならぬように、これからは八重も自重致します」
 八重はトントンと清冶郞の背中を軽く叩いた。これは昔、八重がまだ紙絃の一人娘として暮らしていた頃、育ててくれた乳母がよくあやすときにしてくれたものだ。心優しい乳母で、最後まで八重の側についていたのだが、八重が伯父弐兵衛に引き取られる際、泣く泣く別れることになった。在所の村に帰ると言っていたが、あれから乳母がどうなったかは判らない。
 五歳で実母に死に別れた八重にとっては、母のように慕った乳母であった。達者でいてくれれば良いと願っているが、亭主や一人息子に先立たれた乳母に身寄りはいない。実家は今、弟夫婦の家族が住んでいると聞いていたが、果たして、折り合いよく過ごせているのだろうか。
 八重が背中を叩いている中に、清冶郞は次第に泣き止んできた。
 しばらくして清冶郞は眼をごしごしとこすり、照れ臭げに笑った。
「男子たる者、むやみと人前で涙を見せるものではないと言うに、私はいつも八重にみっともないところばかりを見せているな」
 まだ七歳の清冶郞だが、九歳年上の八重に本気で求婚している。十五になったら、必ず八重を妻に迎えるのだと真剣に考えているのだ。

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