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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第5章 母子草

 こたび、尚姫の再嫁が決まったという。嫁ぎ先は京の都、権中納言三条兼道。公家とはいえ、禁裏の帝ですら幕府から年に一万石の支給を受けて細々と暮らす立場にすぎない。更にその下の権中納言家など名ばかりの貧乏公家に相違ないのだが―、よく贅沢好きで気位の高い尚姫が嫁ぐ気になったものだ。
 春日井は皮肉げにそう言い捨ててから、小声になった。
「されど、奥方さまと兼道さまには、とかくのお噂があったのじゃ」
 何と三条家は尚姫の生母祥子(よしこ)の生家だとのである。兼道の父兼嗣と祥子は兄妹であり、従って尚姫と兼道は従兄妹同士になった。
「何でも兼道さまはお若い頃、遊学のためと称して江戸に下向されておわしたとかで、その間、数年もの間、ご縁戚でもある水野家のお屋敷にご逗留あそばされていたのです。その折、尚姫さまと兼道さまがただならぬ仲であったと申す者がおっての。ま、尚姫さまと兼道さまは五つ違いのお従兄妹同士。殊に尚姫さまは佳人として名高く、花のように麗しき美貌でいらせられたゆえ、お若き兼道さまが心動かされたとて、何の不思議もない」
 その後を春日井は語らなかったけれど、春日井の思惑は何となく八重にも理解できた。
 尚姫が兼道に嫁ぐ気になったのは、昔の恋が忘れられなかったからではないか。少なくとも、春日井はそう考えているのだ。
「尚姫さまは兼道さまの噂は、当時、かなりひろまっておったことじゃ。このままでは外聞もあることゆえ、お父君の水野さまが尚姫さまを兼道さまに嫁がせるのではないかと皆が噂し合っていたにも拘わらず、やがて兼道さまは京にお帰りなられた。帰京されてまもなく、兼道さまはご結婚なされたが、ご正室は確か、二、三年でみまかられたはず。何でも難産の末、お子さま共々儚くなられたと聞いた」

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